蜀同盟

蜀の民よ、集いたまえ。~諸葛亮中心の三国志話と、現代世俗話~

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蜀同盟(c)吉野圭

「孔明は日本の先祖」という釣り記事で、諸葛亮が反日ターゲットとなった理由を知る

先日引用したサイトでもう一つ、気になった記事。

gendai.ismedia.jp

「諸葛亮孔明は日本の先祖だった!」と、トンデモな内容を想像させる記事タイトル。

まさか「曹操様は我々の先祖、朝鮮民族なのだ!」と主張している韓国人のような妄想論理を展開させているのではないかと思い、クリックしてしまった。

 

……結論から言えばどうやら釣りのタイトルだったようだ。

私としたことが、見事に「孔明の罠」に引っ掛かってしまったね。

(「孔明の罠」使い方合ってます? なんとなく違う気もする。ネットスラング苦手、笑)

 

明治時代、諸葛亮がスターになった経緯と同情心

日本人が孔明好きになった経緯を上記事参考にまとめると、

  • 江戸時代では性的フィクションで遊ばれてもいた三国志人物だが、富国強兵の明治時代に入るとガラッと扱いが変わった。
  • 明治時代に「スポットライトが当たるのは、諸葛亮(孔明)。明治時代から戦前にかけての『三国志』は、孔明の独擅場と言っても過言ではありません。…教科書にも取り上げられたのです。」
  • 教科書では演義の「赤壁戦」は取り上げられなかったが、「孔明ハ沈着ニシテ、機ニ臨ミ、變ニ応ジテ、智謀百出セリ」としてスーパー軍師のイメージをなぞった。
  • さらに孔明を日本のスターとすることに一役買ったのは土井晩翠『星落秋風五丈原』、判官びいきの表現で人気となった。

とのことらしい……。ふうん。

さすが大学の卒業論文で『三国志』を研究された方。

私はこんな日本におけるフィクションの歴史を知らなかったよ。そもそもフィクションに疎いのだけど。

 

もう少し詳しく引用。

近代日本で評伝になった三国時代の人物は、孔明しかいません。近年は、曹操や劉備のものも出てきましたが、孔明の評伝は、数も歴史の古さも、群を抜いています。

明治30(1897)年に発行された内藤虎次郎『諸葛武侯』から昭和17(1942)年の太田熊藏『諸葛孔明傳』まで、以下のように、少なくとも10作品もあるのです。

1 内藤虎次郎『諸葛武侯』(東華堂、1897年)
2 安東俊明『孔明』(世界歴史譚第14編、博文社、1900年)
3 西脇玉峰編『諸葛孔明言行錄』(偉人研究第29編、内外出版協會、1908年)
4 吾耻庵主人『我愛する偉人』(敬文館、1911年)
5 白河鯉洋『諸葛孔明』(敬文館、1911年)
6 杉浦重剛・猪狩又蔵『諸葛亮』(偉人傳叢書第1冊、博文館、1913年)
7 安岡正篤「王佐の偉人 諸葛孔明」(『東洋思想研究』第12册、1924年)
8 中川重編「諸葛孔明」(『偉人』第9巻、第5号、日本社、1930年)
9 宮川尚志『諸葛孔明』(支那歷史地理叢書8、冨山房、1940年)
10 太田熊藏『諸葛孔明傳』(山水社、1942年)

…(略)…

なぜ、他の人物ではなく孔明だけが人気を博したのでしょうか?

…(略)…

私は、孔明の生涯が教育的・啓蒙的に見えることもポイントになったのではないかと思います。

例えば、『三国志演義』を改訂した毛宗崗は、特に優れた登場人物「三絶」として、曹操・関羽・孔明の名を挙げているのですが、この三人の中で、青少年に教えその目標にするとしたら、孔明しかいないのではないでしょうか。

曹操は、当時悪玉で、まず教科書には向きませんし、曹操の言動を学んだとしても、皆が曹操のような人物を目指したら、社会が混乱してしまいます。曹操的な人物は、信長だけで十分。

関羽は、武将ながら読書もし、忠義に篤いイメージですが、武による活躍がほとんどで、晩年の呉との外交的な失敗はその身を滅ぼしてしまいます。

…(略)…

中国の偉人である孔明は「臣道実践と職域奉公に生き拔いた人物」であり、和気清麻呂、楠正成と並び、執筆当時の日本で検討するべき人物だとし、大東亜戦争で活躍する同胞に孔明の精神を伝えたいと綴られます。

文学や歴史は戦争に利用されてしまうことがありますが、ここでの孔明も、戦争を前に特異な役割を与えられてしまっています。

 

結局、諸葛亮は明治の日本で臣民を育てるために

「国に尽くした忠義の人」

という模範として利用されたことになるのか。

そこには国家による思惑があり、儒教と同じような政治的悪用があったわけで、現代人の私は「最低だな!!」という憤りを覚えずにいられない。

 

そのようなファシズム教育の結果として、昭和の大戦で多くの命が散ることになった経緯には、もはや言葉では言い尽くせない怒りと悲しみしか湧かないが……。

 

※8/28追記 この記事で「ファシズム」とは広義の隠語、「民を奴隷化するための独裁政権による思想・教育」の意味

 

それでもかつての一般日本人が抱いた「判官びいき」と呼ばれる同情心と共鳴は、この民族の純粋な優しさからだったと信じたい。

優しさは間違いなく日本民族の長所なのだから、自虐も否定もせずに持ち続けて欲しかった。現代日本人はほとんど失ってしまったみたいだが。

「同情は本人に対して失礼(同情された本人は傷付く)」

「判官びいきはダサい。カッコ悪い。そんな惰弱な気持ちを持っていたから戦争に負けたんだ」

という批判はごもっとも。

確かに同情されるような人生は情けないよな。

だけど「同情心は悪」という話は嘘だから信じては駄目だろう。

悲劇的な経験をした人へ同情することは全く偽善などではない。同情されて怒るような人は器が小さく、人間としての修行が足らないのだ。

募金などの被害者支援を「偽善」と嘲笑し否定する者も人でなし(人ではない者)と言える。

 

ただし悲劇に共鳴し過ぎて自分自身が「玉砕」するなど、妙な方向へ走ることは間違っている。

諸葛亮が愛した国のために死んだのは自分の想いを遂げるためであり、君主や国家の言いなりとなって奴隷として身を滅ぼしたわけではない。

悪い上官やブラック企業、DV男・虐待親のために捧げていい命などこの世に一つとしてないのだ。

 

「滅私奉公」の「私」とは私欲のことで、思考停止の盲従を意味しない。

悪人の言うなりになることは「忠義」とは呼ばない。

「私の心」を失っては忠義さえ叶えることができない。「心(本心)」が無くては「忠義」とならないからだ。

つまり、捧げるべき相手ではない者のために命を散らすなということ。

 

かつての日本帝国や今の中共など、ファシズムの悪徳政府は「忠臣」のほうばかり称える。だが、その前に君主のほうを分析しろよと思う。

忠義を捧げられる対象がどれだけ優れているかに着目すべきだ。

そうすれば悪徳政権との違いが分かり、「民を虐げるお前ら屑ファシズム政権ごときに捧げる心は僅かもない」と思えるはず。

『三国志』誤読の最大の要因は、劉備の人格の高さが伝わっていないことにあるな)

 

 

孔明が日本の先祖にされたことに笑う

本題。

上記事で釣りタイトルの元となったのは、以下の引用にある太田熊藏の『諸葛孔明傳』であるらしい。

弁護士である太田熊藏の『諸葛孔明傳』は、真珠湾攻撃の翌年、昭和17(1942)年に発行されました。

「序」によれば、元々非常時に何か遣りたいと思い執筆に取り掛かっていたが、アメリカとの開戦を告げた「宣戦の大詔」によって一気呵成に筆を進めたといいます。戦争を前にした孔明伝なのです。

孔明を知ることで中国の歴史の一端を知り、更には東亜に関する認識を深めることができると書かれていて、日中戦争、太平洋戦争中という時代を映しています。

「序篇」では、日本と孔明のつながりを強調。日本で孔明がいかに馴染み深い存在であったかを振り返り、孔明の人格を紹介して「眞に我國の先祖としか感じられない」と述べています。日本の先祖のような、中国の偉人という、不思議な扱いを受けるのです。

 

>眞に我國の先祖としか感じられない

 

笑った。

日本人は孔明を先祖と呼び、朝鮮人は曹操を我が先祖と称える。

現実に子孫であるはずの中国大陸人は完全に蚊帳の外であることに苦笑してしまう。

大陸人は文句を言わないのか? 文革で歴史を破壊し尽くし、過去の人々を裏切ったのだからあまり文句を言う権利はないと思うが。

 

ところで確かに諸葛亮の性格を考えれば一見、どこか近現代の日本人ふうである。

自虐的だし、軟弱だし、日本人のごとく「過労死=英語でもkarosi」した人間だし、妙に責任感が強く管理能力は高いし、……等々。

諸葛亮がそのままの人格で現れ、「私は日本人です」と名乗っても誰も疑問を持たないだろう。

 

実際、文化は本国で続くのではなく周辺の国へ伝わり保たれる。DNAもである。

(ついでに言えばおそらく魂も周辺国へ移動していく。これはジャンル違いの余談だが、どのような方向から考えても民族ヘイトなど完全に無意味だと結論付けられる)

 

今上野で開催されている『三国志展』へ行かれた方は感じられたことだろうが、古代の漢文化は日本文化に近い。

現代中国と日本で比べたら、遥かに日本のほうが「漢に近い」と言える。

たとえば食事。漢代の食事は米食で油を用いない料理、今の和食に近かった。

畳の生活であることもそう。着物もそう。建物もそう。

今の中国は箸を縦に置くが、三国時代では横置きだったらしい。これも日本と同じ。

おそらくDNAも、古代中国大陸から大量の移民を受け入れた結果、今の日本人のほうが大陸に比べて漢人のDNAが濃くなっているだろうと推測される。

だから「諸葛亮は今の中国人より日本人に近い」という話もさほど突拍子もない発想ではない、のかもしれない。

 

ただ私は個人的に、諸葛亮の根本性質には日本人と相容れないところがあると思う。

それどころか東洋人らしさから離れたところもある。たとえば、法的精神の徹底ぶり(法治主義)や兵站へのこだわり、人命重視の人道主義は何故か西洋的。このような性質が東洋人としてはめずらしかったので目立ったのではないか?

 

なお関係ないと思われるだろうが、筆者も他人から「いかにも日本人っぽい」と呼ばれる性格。でも診断テストを受けると概ね「西洋人思考」をしているらしい。

奥ゆかしくて自虐的な性格だからといって日本人タイプだとは限らない、正反対のこともあるという例。

 

そもそも全体の技術が理解できず、精神や一部戦場だけにこだわって議論する日本人の性質は諸葛亮と真逆と言える。

木を見て森を見ない、人事を尽くさない者たちは合理の諸葛亮が最も嫌ったタイプ。

 

参考:

rtk3alliance.kslabo.work

rtk3alliance.kslabo.work

 

>眞に我國の先祖としか感じられない

とは、まず兵站を徹底し、人命第一の政策をしてから言えよ日本人。と憤りをもって思ってしまう。

 

日本人は、忠義だの自虐的精神だのといった表に見える性格の前に、諸葛亮がいかに兵站のことで神経をすり減らしたか、一兵でも失うことを恐れたかといった裏側の業務を見るべきだった。

諸葛亮の「忠義」は劉備と劉禅だけではなく民・一兵卒にも捧げられたものだ。

兵站をおろそかにし、食糧は現地調達(略奪)が基本で兵士を餓死させても平気、ギャンブル的な作戦で若い命を「特攻」「玉砕」で浪費した大本営……。そんな杜撰過ぎる戦争をした近代日本人が、自分たちと真逆の諸葛亮を「我國の先祖」などと言う資格はない。

何より、民の僕であるべきトップたちが安全な場所で胡坐をかき、若い人を奴隷化して死なせることも真逆ではないか。

もし諸葛亮の「悲劇(日本人が言うところの)」を忠実に再現したかったのなら、大本営こそが特攻するべきだったのだ。亮は軍隊のトップたる将帥として死んだのだから。

 

 

これこそ反日が諸葛亮を中傷する核心理由か…

思いがけず旧日本軍の批判となってしまった。申し訳ない。

筆者は純血の日本人であり、思想的にも反日ではないので念のため。ただ現代日本人としてかつての杜撰な戦争に対し、正当な批判と反省をすべきだと思っている。

 

 いっぽう本物の反日左翼は、日本を貶めて滅亡させたいという目的しかないのだから正当な論理に基づく批判などあるはずがない。

それどころか実際に無かった歴史を捏造してまで日本を貶めようとする。

今も昭和天皇が受けている歪んだ名誉毀損、日本政府に対する歴史捏造での誹謗中傷は、まさに日本滅亡を目的とした明白な「謀略」だ。

 

ネット上、日本語で昭和天皇などを中傷している人々は、いわゆる「在日」と呼ばれる国内の反日勢力。

※8/26追記 ここでネガティブな意味を含む「いわゆる在日」と書いたのは、あくまでも日本国内で敵対的な謀略活動をしている人々のこと。平和に暮らしている外国籍の移住者を含まない)

在日に加え、共産主義に精神を侵されて「政権転覆・共産革命実現」を未だに夢想している極左の日本人たちも国内に住んでいる。

この在日と極左は手を組み、最近ではネットのあちこちで天皇や日本政府に対する誹謗中傷工作をしている。

最近では左翼サークルや、日本国内の有名私大に付属する「孔子学院」を卒業した若手も加わって共産党の工作に勤しんでいるから手に負えない。

日本政府はどうしてこのような工作集団を放置しておくのか? 特に海外でスパイ養成学校と警戒されている孔子学院を、何故黙認しているのだろうか。さらにこのような危険を叫ぶ声を「ネトウヨの妄想」と決めつけ嘲笑する一般日本人も多い。自らの首を絞めるデュープスたちだ。

相変わらず太平洋戦争時と同じような悪い意味での楽観主義、戦略に疎い日本人の弱点が見える。

 

 さて目下、日本のネット上で反日極左団体から悪口のターゲットになっているのが諸葛亮だ。

同視するのは不謹慎ながら昭和天皇に対する悪口と同じ手法で人格を曲解され、歴史捏造されて史実さえも捻じ曲げられ人物像を作り変えられている。

孔子学院の教授たちも三国志学会を牛耳り、またその輝かしい学者の肩書を用い、諸葛亮の貶め工作に加担している。大手出版社が堂々と歴史捏造本を出版しているので初学者は妄信するしかないだろう。

 

中国の偉人であるはずの諸葛亮が何故、反日攻撃のターゲットに?

不思議だろうが、共産主義の理論からすれば当然だ。諸葛亮は長いこと中国大陸で「儒教の体現者」と言われており、さらに「道教のシンボル」と考えられてきた。儒教も道教も共産党が否定し憎悪する思想だから、そのシンボルは叩き潰すべきと考えられたのだ。

また、中共の覇権主義を推進するシンボルとして曹操や始皇帝を称えなければならなかった。民衆虐殺などの非道な行いも「曹操様が天下統一という目的のために行ったキラキラした正義。正義のために民は虐殺しなければならない」として解釈を変え、称えた。現に民衆虐殺している自分たち中共の行いを正当化するために。

rtk3alliance.kslabo.work

そんな「民衆虐殺という素晴らしい正義を行った曹操様」の前に立ちふさがった敵、蜀とそのトップである劉備・諸葛亮は中共の敵と考えられたのだろう。

このため実際にかつて諸葛亮は中国共産党から誹謗中傷されていた。国家が古代人の批判論文を政策的に書かせ続ける、という異常な犯罪が行われたのだった。

 むしろ今、中国共産党が方針を変えて諸葛亮を称える方向へ舵を切ったことのほうが、共産主義の理論に照らせば不自然と言える。

今の中共は「儒教が民衆を奴隷化するに好都合な思想」と気付いて利用することにしたようだ。ただし認めたのは革命を説かない孔子のみだが(そのついでに諸葛亮も称えることにしたらしい)。もはや共産主義でもない。民を奴隷化するためなら原理無視、手段を選ばずだ。

 

そのように親である中共が方針転換したというのに、日本の左翼たちは相変わらずアンチ蜀で諸葛亮の誹謗中傷を続けている。

このことは私も謎に思っていた。

単に日本左翼は老害だからリーダーの方針転換についていけないのか? と考えていたのだが、冒頭の記事を読み謎が解けた。

なるほど、日本独特の事情で諸葛亮が臣民教育に使われたからなのか。

在日左翼たちの目から見て、諸葛亮も天皇家に準ずる太平洋戦争のシンボルというわけなのだ。

 

いずれにしても最ッ低だな!

ファシストも共産も反日も、悪事を目論む者たちが無関係な古代の歴史人物を引っ張り出して来て政治利用している。

趣味として愉しまれた物語を政治利用することによって、人々の文化、精神そのものを踏みにじっている。

これは人類に対する最高度の犯罪だ。許し難い。

 

 

諸葛亮は旧日本人の先祖ではなく、子孫である

文字通りそうかもしれない……という可能性はさて措き。

 

象徴的な意味で、今や諸葛亮は旧日本人の子孫になったと言えるだろう。

何故なら左翼たちによって日本のシンボルとみなされ誹謗中傷の的にされているので。

諸葛亮への悪口は、そのままダイレクトに現代日本人に対する悪口となっている。

 

なお史実として述べるなら劉備と諸葛亮は反ファシズムであり、反虐殺だ。

民に寄り添う者であって、曹操のような非道を認める者ではない。だから曹操と敵対して虐殺王による独裁を阻止したわけだ。

 

このため独裁に対する抵抗運動・世界的人権運動のシンボルとして蜀人物を掲げるなら史実に沿って正しくなる。

民が人道のシンボルに使うのでない限り、諸葛亮は自身が政治利用されることを許さないだろう。

 

 これは諸葛亮に限らず歴史人物全てについて言える。

もしこのまま三国時代の政治利用が続くなら、やはり「三国志など有害でしかないから消滅してしまえ!」と願う。そしてあの世にいる三国時代の人々の力が総動員されて東アジアが壊滅することになるだろう。

 

人道に背く行いは必ず自分たちに返って来ることを自覚し、反省すべきだ。

 

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