蜀同盟

蜀の民よ、集いたまえ。~諸葛亮中心の三国志話と、現代世俗話~

「蜀同盟」とは?このブログについて  お奨め記事一覧

蜀同盟(c)吉野圭

「恋愛偏差値が低い女」は、実は人間偏差値が低い

山口真由さん『しくじり先生』へ出演


家族が録画していた7/22放送『しくじり先生』にて、東大卒・財務省出身・弁護士・ハーバード卒・現東大院生etcという輝かしい経歴をお持ちの山口真由さんの話を聞いた。

少々唖然。
今までの印象が変わった。(失礼ながら少しマイナスのほうへ)

始め「財務省出身のエリート」ということでニュース番組のコメンテーターとして見かけた時は、とても賢そうな女性という印象を持った。財務省出身なのだから、これから色々と官僚の裏話が聞けるかな、と期待した記憶がある。
でも結果として彼女はコメンテーターにはならず、「勉強法アドバイザー」的な存在として世間へ出て行かれたようだ。
以前ブログ(別館)でも紹介した、『東大首席七回読み法』が流行ったからか。

ksnovel-labo.com

上の本に書かれていることは立派な話なのだろうし、学ぶべきことも多いと思う。
全ての知性は読解力・文脈力(ものごとの理解力)がベースになっているのだから、「国語力が何より重要」という彼女の主張に私も同意する。
でも生き方と言うか、人に向き合う態度は賛同できない。

 

低いのは恋愛偏差値ではなく、人間偏差値


山口さんはご自分のことを「恋愛偏差値が低い」と称している。
何故なら今まで付き合った男性全てとうまくいかず、言い寄って来る男性も遠ざけてしまうから。

 山口さん談:
「言い寄って来る男たちの知識は、薄っぺらい(バカばっかり)」
「男性と知的な議論で戦って論破するのが大好き」

……うん、なるほど。
これでは恋愛できないよねえ。
と言うよりも恋愛の前に、人としての友情を誰とも結べないと思うが。

山口さんは容姿が良いのでこのような性格でも(失礼)ひんぱんに男性が近付いて来て、何度か付き合ったこともあるらしいのだが、次のような理由で別れている。

「今すぐ○○してくれないなら、もうこの関係は続けられません!」みたいな2択を迫ったりしていました。「交渉とはこのようにするものだ」と思い込んでいたので……(笑)。そんなときは相手の都合なんてお構いなし。

彼が手を離せないと分かっているのに、「迎えに来て!」と迫ったり、かなり無茶を言っていました。そんなことばかり繰り返すので、最終的には「付き合いきれない…」ってフラれちゃう(笑)。彼に自己犠牲を強いることで、自分の価値を確認したかったのだと思います。

引用元:めるも
掲載:独自分析ISM


相手のことを考えずに自己中心的に振舞うことが「交渉」だって。
このような勘違いをしている人、男にもけっこう多いな!

特に三国志界隈ではとてもよく見かける。
マキャベリズムが大好きで、マキャベリっぽく振る舞えば「頭が良さげ」と見られて尊敬を集めるだろうと勘違いしている。本当の意味で愚かだなあ、と呆れてしまう。

(昨今の三国志ファン/アンチ蜀たちは諸葛亮を「マキャベリズムの人」ということにしたくて、「諸葛亮がこのような悪さをした。恐怖政治を敷いた」などという作り話をばらまき捏造工作しているのだけど、全然違いますよ。諸葛亮も私と同じでマキャベリのような考え方が嫌い。そうでなければ劉備に認められることは無い)

「相手に自己犠牲を強いて自分の価値を確認する」
とは、私がこの世で最も憎む独裁気質の人の振る舞いだ。
引くどころか心底から軽蔑するし、私はこういうタイプの人と1ミリでもお近づきになりたくない。

そもそも山口真由さんが男性を好きになるときは次のような基準に基づくらしい。

自分より能力が上で、尊敬できる人。
自分を高みに連れて行ってくれる人。

大学時代に好きになり、付き合うことになった男性は司法試験の合格者で、試験のための指導をしてくれていたそう。
「自分の知らないことを知っている」という理由で恋愛感情を抱いたのだが、大学を卒業して官僚になったとき、彼が官僚世界の知識を持たないことに気付いて失望しポイ捨てしたという。
司法試験の合格者が社会の仕事詳細について知らないのは当たり前だけどね……その仕事をしていないのだし。
自分の仕事に関する知識が無いからと言って他人を軽蔑するか? 何かのジャンルで専門性を高めている人に対する尊敬心はないのか?
その前に、
「自分を高みに連れて行ってくれるから」
という理由だけで人を好きになるのがおかしい。
他の人間を自分のために利用する道具、物としか見ていないのだね。

彼女のようなタイプの人たちは「恋愛偏差値が低い」のだと思っているが、実は「人間偏差値が低い」のだと思う。

「恋愛」は特殊なジャンルの、何か特殊な能力が必要なもので、
「自分は人間として立派だけど、恋愛偏差値が低くて何故か異性が寄って来ないんだ」
と思っている人は大勢いる。
でも実は恋愛とは人間関係の最も深まった形。
つまりは日常の友情の延長に過ぎない。
だから結局、恋愛力の有る無しは人間力の有る無しなのだ。

もちろん恋愛だけに求められる「特殊能力」として、容姿の良し悪しがあるとは思うが……。

 

飽きない美人は人間力が高い


相手の容姿は恋愛感情に関係がない、と私は思っているけど、きっと私のような「容姿・無視」というタイプはめずらしいほうだろう。笑

現実にこの地上において、容姿の良い人がモテる傾向にあるのは否定できない。
ただ、容姿は最初の関門に過ぎない、とは断言できる。

「美人は三日で飽きる」ということわざは正しくて、容姿のイメージだけで見ていられるのは三日どころか一日もない。
一歩踏み込んで会話した瞬間に好きと嫌いが決定する。
その基準は人間性でしかない。
だから、「飽きない美人」がいるとしたらその人は容姿ではなくて人間力が高いのだと思う。

(比べて申し訳ないけど、同じ東大出の美人・三浦瑠璃さんは幸福な結婚生活を送っている。彼女も一見、言葉がきつくて傲慢なように見られがちだが、仕事でそうしているだけであってプライベートではそうではないと感じる。コメントの公平さ中立性からも、他人を気遣う優しさが垣間見える)

山口さんも、「恋愛偏差値が低いから恋愛できない」という言い訳へ逃げていないで根本的な人間力を磨くべきではないか?

お洒落や、おべっかで繋がる女性同士の表面的な付き合いは「友情」だと思っていたら大間違い。
おべっかの言い合い(いいね!押し合い)だけの繋がりなのに、「アタシは女の友達が多いから人間力も高いはず!」などと勘違いしないで欲しい。
表面的なおべっか無しに、利益抜きに付き合う友情を持てる人でなければ人間力があるとは言えない。

男は特に人間性を求める生き物。

まして恋愛相手の女性とは生涯最も多くの時間を共に過ごし、人生の重大な局面で支え合わなければならないパートナーとなる。
私利私欲だけで生きている、人間力の低い女性と恋愛できるわけがない。

 

続きの話(プライベートブログ)

これは諸葛恪にも読んで欲しいな……と思いながら書いた。

ksnovel-labo.com

バナーはこちらです。DL・適当にリサイズしてお使いください。
f:id:yoshino-kei:20190722074012p:plain