蜀同盟

蜀の民よ、集いたまえ。~諸葛亮中心の三国志話と、現代世俗話~

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蜀同盟(c)吉野圭

ええっ! 独裁者諸葛亮を叱りつけた部下がいた!

はじ三は諸葛亮を「悪い独裁者」に仕立て上げたいようです。
このような捏造記事を書いています。

 

諸葛孔明を「独裁者」と呼ぶタイトル

kawauso氏の記事で、このタイトルに脱力する。


『ええっ! 独裁者諸葛亮を叱りつけた部下がいた!』
(URLは下のスクショに掲載していますが実際のアクセスはしないでください)


「独裁者」って……。
まったく。
酷い釣りのタイトルだ。 ※釣りではなく、kawauso氏は諸葛亮を「悪い独裁者」ということにしたい人らしい

2018/11/30までの記事から引用;

劉備亡き後、劉禅を蜀の皇帝に立てて政治の実権を握った諸葛孔明
自ら丞相に就任して独裁的な政治を行った事が分かっています。

諸葛亮が丞相に就任したのは劉備の在世中であり、劉備自身から賜った地位である。※西暦220年
「自ら丞相に就任した」とは、よくもまあこんなすぐにバレる捏造話を書いたもの。

「劉備亡き後も丞相に留まった」から悪い独裁者だと言いたいのか?
劉備が死んだからと言って丞相の地位を返上できるわけがない。まして敬愛する主人から託された遺児を放棄するなど。国民から逃げ出して責任放棄も絶対無理な状況でしょう、あり得ない。
ここはkawauso氏が、諸葛亮が丞相になった年号を知っていて故意に誤った情報を書いたものであるらしい。

※2018/12/01 今となっては、この『はじ三』サイトも諸葛亮を「悪どい独裁者」に仕立て上げて貶める目的で作られたように思う。kawausoという人はただの歴史好きさんと思っていたが、このような誹謗中傷サイトを作成して大々的に運営しているあたり、お里が知れる。残念だ。


その後、kawauso氏は

劉備亡き後、劉禅を蜀の皇帝に立てて政治の実権を握った諸葛孔明
劉備が皇帝に即位した後に丞相に就任し独裁的な政治を行ったことが分かっています

と変更した。
劉備が存命中で、どうやって自ら丞相に就任して独裁的な政治を行うんだ!? 

12/1 11:40 魚拓→その後に案の定、魚拓は削除したようです。このサイトはよほど後ろめたいことがあるらしく必死でネット上の情報を消しまくっています。削除の証拠としてURLだけ置いておきます

スクショ:

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そもそもこの人は
「劉備の死後に諸葛亮が若い劉禅を皇帝にして、蜀という国をつくり、自ら丞相に就任して独裁政権を作り上げた」
というストーリーを捏造してばらまくつもりだったらしい。(蜀という国は劉備の死後、諸葛亮がつくった)
無理やり作り話をしたので、前の文と後の文が矛盾してしまっているよ。笑

 

この捏造の件について書いた記事:三国志ジャンルの捏造記事について。目的は何か?

ところが、この蜀では無双状態の孔明を面と向かって叱りつけた部下が存在していたのです。
そんな命知らずが本当にいたのか見てみましょう。

「命知らず」って。笑
※ここも、読者が「諸葛亮は意見しただけで部下を粛清した人物なのだ」と誤解するように仕向けた悪意ある表現。
⇒恣意的な粛清なんてしていませんよ。

 

確かに一般的な独裁者を部下が「上から目線」で叱り飛ばしたら、部下は処刑されるだろう。現実に「命知らず」となるよね。
でも、諸葛亮は意見したからと言って処刑するタイプではないことが知れ渡っていた。だからこそ、堂々と叱ることができたのだ。
(叱った人の人格の高潔さもある。たいていの人は、大丈夫な相手だと分かっていても保身に縛られて思ったことが言えない。思ったことを言えるのは自己保身よりも、他人のためを考えることができる高潔な人。この点、陳寿も同様で素晴らしい)

 

〔2018/10/18筆〕

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