蜀同盟

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蜀同盟(c)吉野圭

諸葛八卦村の方々へ、願うこと(クレイジージャーニー佐藤さん諸葛村へ行く)

〔2019/6/15筆の移動記事です。去年に放送された番組の感想。遅い話題ですみません。二つの記事を一つにまとめ改稿します〕

 

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諸葛八卦村:出典は百度百科より

 

まことに遅ればせながら、埋もれていた録画にて去年12月の『クレイジージャーニー』を見て、佐藤健寿さんが諸葛村へ行っていことを知り驚く。
さらに、佐藤さんがまさかの三国志好きだったことを知り二重に驚く。

 

参考リンク。この番組に対するネットの反応:

 クレイジージャーニーで『孔明』が話題に!

 クレイジージャーニーで『諸葛孔明』が話題に!

 

〔目次〕

 

廃墟好きの告白。佐藤さんには共鳴する

実は密かな廃墟好きの私。
『クレイジー』では以前から佐藤さんの『奇界遺産』が好きで彼の回だけはよく見ていたのだが、彼自身のキャラクターにも共鳴するところがあった。たとえば

  • テンションが低い
  • リアクション弱い(意外とそのことを自分で気にしている)
  • 朝が弱い(おそらく極度の低血圧)

というあたり自分から遠くない人種だと感じるので……。笑

何より「廃墟マニア プロ写真家」で、ジブリやSF風な写真を提供してくれる点、きっと私と同じく『カリオストロの城』や『ラピュタ』に痺れた同志なのだろうと勝手に想像して共鳴していた。

本当は以前から廃墟愛を語りたかったし、佐藤さんの本もリンクしたかったのだけど引かれるかなと思って語ることができなかったのだよね。
あと身近な女性たちから、
「廃墟を眺めると悪い運を引き寄せる。良くない趣味だ」
と怒られ、それもそうかなと思ったせいでもある。
腐った廃墟を眺めるのは確かに良くない。特に他人に語って悪影響を及ぼすのは申し訳ない。

そのような理由で語ることもなく密かに遠く眺めていた佐藤さんが意外にも三国志ファン、諸葛亮についてもよく知っていることを知り嬉しかった。

飄々とした廃墟写真家が三国志ファンとは、イメージがかなり違って意外だったが。

(歴史ファンは現世欲がある「意識高い系」のイメージ。廃墟マニアは現世に関心がなく、欲の抜けた退廃に心惹かれる気がしていた)

 

【紹介】

佐藤さんの本はこちら。下の写真は旧ソ連の建物だが、超古代文明の遺跡っぽく見え、SF的なので惹かれるものがある。

世界の廃墟

それから彼はUFOなどオカルトも好きであるらしい。

UFOや超古代などオカルトと『三国志』を同列に語ることも、自分に似たところがあり共鳴する。 私の『三国志』語りは不可抗力だから違うかもしれないが。笑

佐藤さんは『X51.ORG』というオカルトブログも人気だったとか。今はオカルトではなくオフィシャルブログであるらしい。  ⇒X51.ORG 

 

「空城の計」について、小池栄子さんの反応が新鮮だった

今回、諸葛村をテレビ番組で紹介するにあたって、日本ではマイナーな人物「諸葛孔明」(事実一般では知らない人も多い)について解説が入った。

その番組スタッフまとめより、佐藤さんの解説のほうが分かりやすく初めて知る人にも理解しやすいと思った。

 

佐藤さんの解説はわりとオーソドックスで、世間一般の『三国演義』フィクションイメージに徹していた点が良いと思う。


このように、まずは一般的なイメージから説明するのが妥当なのだろう。
私はフィクションをほとんど知らないので語ることができないのだけど、本来なら吉川英治『三国志』などオーソドックスな物語に触れるのが先で、史実は後でも構わない。

 

実は今までフィクション設定を毛嫌いしていた私も、渡邉義浩氏やhaji三のような捏造史観に触れて、ああいった初心者を洗脳する犯罪よりオーソドックスなフィクションを教えるほうが遥かに良心的なのだと気付いた。
何故なら、K産党の作文(捏造)に比べれば演義フィクションのほうがまだ真実に近いので。表層の設定は史実ではないのだけど、本質には真実を含む。

 

それで今回の佐藤さんの解説があまりにも分かりやすく、さらに小池栄子さんのリアクションが良かったために、私も初めてきちんと『演義』フィクションの一部を感覚で理解した。

正直、「空城の計」などの話は初めてフィクションとしての詳細を知った。(まさかの初めて!笑)

 

小池栄子さんが、
「ええー! (孔明)カッコイイ!!」
などと叫んでいて、
「な…… なるほど^^;」
と苦笑し、納得。


三国志ヒーローにはまっている人は小池さんのような反応をした結果なのか。少し理解した気がする。

 

フィクション三国志も無責任に眺めるなら面白いものだね。
小が大を欺いて救われる小気味よさ。人がワクワクするエンターテイメント。
現代ジャパニーズコミックにもこの法則が受け継がれている気がするな。


こういうエンターテイメントを十三~四世紀(民間ではもっと昔)に考えたというのは、やはり偉業と言える。正直どうかと思う設定も多いのだけど……。
(あと軍事プロの方々がエンタメフィクションを本気にするのは絶対駄目)

 

なお空城の計、史実ではないと思う。
信頼のおける情報もある『魏略』に掲載されていたそうだが、そのままで事実というわけではない。

※『魏略』は現代ジャーナリズムに近く、玉石混交であってもとにかく当時を知る人々へ取材して話を記録したものと思われる。おかげで、劉備と諸葛亮の初対面について現実らしい記録(樊城の対面)が現代へ伝わることになったのだが、ジャーナリストが集めた情報の全てが事実ではないことは当然である。

 

樊城の対面:

rtk3alliance.kslabo.work

 

「空城の計」は曹操軍と遭遇したときに趙雲の隊が転回して罠をしかけ、曹操軍を撃退したという逸話がモデルとなったらしい。

それは狭い道で追い詰められてのやむを得ない行動なので、本隊はあそこまでのリスキーなことはしないし、してはならない。

そもそも空城で琴を弾く(『演義』)、など現実の諸葛亮がそんな恥ずかしいパフォーマンスはしないでしょう。性格上、無理。

 

ただ全軍において「空城の計」に相当する戦術として、自軍を実際より大きく見せて相手を警戒させ、動きを止める(留める)ことはあったと思う。
現実は魏軍と蜀軍でフィクションほどの差がなかったし鮮やかでもないが、定義としては近いことをしていただろう。

そもそもが北伐戦全体が「空城の計」のようなものだったと言うこともできる。

 

「北伐戦全体が空城の計のようなもの」について、筆者プライベートブログ要パス記事より一部引用。青地は当ブログ用付け足し:

考えてみれば北伐戦全体が「空城の計」のようなものだったのだと言える。
もちろん張りぼて軍隊だったという意味ではなく、兵力・装備等々は徹底して詰めていたはず。神経質なまでに。
ただ、節約すべきところは節約する。
なるべく無駄に兵士を使わない。実際、兵士も公表ほど多くはなかった。(と考えられる)
というところが本質的に「空城の計」だと言える。

 

(このため、前記事で書いた「木牛流馬」は軍をなるべく大きく見せるための方策であるという推測が立つ)

 

また全体的に当時リアルタイムにおいて、「諸葛亮」の名声が大きく周りが勝手に警戒してくれるということはあったと思う。このような人間心理も「見えない軍事力」として計算に入るもの。

解説。「見えない軍事力」とは、兵器や兵士の数など、物理的に計算できる軍事力を除いた力のこと。たとえば人間心理・天気・地形・時勢等々。現実の戦略ではこれら「見えない軍事力」も全て計算に入れる。この見えない軍事力こそが実は戦略の要。見えないものをおろそかにする者は必ず大敗する)

 

この件もまたいずれ他できちんと書くけど、とにかく生まれて初めて『三国志』フィクションを味わった感があった。

佐藤さんのおかげ、小池さんのおかげ。
何かよく分からないだろうが、勝手に感謝だ。

 

2019年の諸葛村を眺めて思ったこと

以下は現代の諸葛村について、テレビ画面を通じて眺め思ったことを書いておく。

正直どこまで本音を書けばいいのか分からないな。
本当は何も書きたくないのだけど、こんなご時世だから書かねばと思う。

 

その前に細かい話。

正統性について

 まず、否定する人も多い「諸葛孔明の子孫」という話の正統性について思うこと。
死んだはずの孫、京が生きていたという話の真偽・家系図の真偽は私には分からない。

 

※「死んだはずの京」:記録文には特に、若くして京が死んだという記載はない。ただし子がいたという記載もないのだが。京は出世したという記録があるので天寿をまっとうした可能性はある。〔要確認。他の記録をご存知の方はお教えください〕


でもそんなことはどうでもいい。
「諸葛」という姓を代々受け継いだことは間違いなく事実で、ただその姓だけでも中華では目立ってしまうため社会的に不利益を感じられたことがあるだろう。他の諸葛家の方々も含め。

 

なかでも最も危険性の高い「亮(孔明)の子孫」を名乗られているということは、不利益も承知で名を背負われているはず。
そんな彼らの歴史だけで充分、正統性/正当性があると私は思う。

 

諸葛亮の誕生日について

ただ余計なことだけど諸葛亮の誕生日はあらゆる情報で「真夏(陽暦8月)」ということが分かっていて、4月14日(陽暦6月)に誕生日を祝うのはどう考えても間違っている。
 諸葛亮の誕生日→グレゴリオ暦181年8月19日
4月14日というのは西洋占星術の太陽星座「双子座」から想像した誕生日か、または村を設計した諸葛大獅の誕生日なのでは?

〔移動時の呟き〕おっと! 偶然にもこの記事を上げている今日が諸葛亮の誕生日だった。何の因果だろ。(きっと関係ない 本日が誕生日で正解、ということかもしれないな)

 

観光地化と勝手な老婆心

次に、現代で観光地化されていることについて。
入口に「諸葛八卦村」と村名が掲げられた案内所ができていることには驚いた。まるで大きな都市の駅舎のようだ。

 

佐藤健寿さん曰く
「十年前に来た時とかなり変わりました。(村の中へ観光客を乗せて行くカートがあったり、案内人がついていることに驚きつつ)前はこんなのなくて、普通に村の中へ入っていけたのに」
とのこと。
日本人目線では「商魂たくましいな。さすが現代中国」と思ってしまうが、まあいいんじゃない。

 

彼らが観光で潤うのは良いこと。
数々の悲惨な時代を隠れて生きて来られたのだから、祖先の名で少しくらい報われても良いだろう。

 

だけど私は心配になる。
名がもたらす富は毒にも転換するもの。
家系図を公開したことでいつか名が災厄とならなければいいのだが……。

 

 杞憂で終わればいいが…

祖先たちが家系図を隠して生きてきたのはそれなりの理由があると思う。
あの国のトップは、遠い時代のファンタジー化した人物さえも政治で利用したり攻撃したりするのだから。

 (以下、党を刺激したくないので数行カット)

 

 道教のシンボルを掲げ続けることの危険性

諸葛村はそもそも、十四世紀の宗主だった諸葛大獅という風水師が設計したとのこと。
このために村自体が道教の八卦を表している。

 

「諸葛亮がよく用いた八陣図を模範とした」
と言われているのだが、私が思うに諸葛亮が用いたのは古代的な実用のための基本陣形に過ぎず、道教的な八卦をもとにしたとは言い難い。
(諸葛亮はそこまで純粋な道家ではないし、まして風水師でもない)
だからあの村は亮ではなく「十四世紀の風水師、諸葛大獅の思想が反映された村」と呼ぶべきだと思う。

 

ただいずれにしても現在、道教の気配が色濃く残っている村であることは事実。

 

テレビ画面に大きく八卦のシンボルが映し出された時、背筋が寒くなった。
村の中央の池も太極図を表しているらしい。
手放しの完全なる道教推し。

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出典:「諸葛八卦村とは」

 本来なら何の罪もなく問題もない、むしろ世界遺産に登録されても良いくらいの意義ある文化建築なのだが、今このご時世で八卦を掲げ続けることは危険ではないだろうか。

 

目下、K産党は仏教や道教の取り締まりを強化し、文化施設を破壊しつつある。
日本においても孔子学院が「道教の革命はなかった」という捏造話を拡散していることから読み取れるように、K産党員たちは道教そのものをこの世から抹消するつもりなのだ。

 

参考:

twitter.com

十年前の政府が「保護対象」とした仏教・道教施設も、今の党員たちが破壊したいと思えばいつでも破壊できる。
諸葛村も決して安泰とは言えない……。

 

今、私が願うこと

諸葛村の人々へ、どうかこれ以上、目立った活動はなさらないように願う。

 

せめて壁の八卦は隠すべきだが、村の形や村名を変えることは不可能だろう。
まして「本当は、我々は諸葛亮の子孫ではありませんでした」と宣言したところで今さら覆せない。
できれば外国に引っ越して欲しいと思うのだが村人は4000人もいるそうで、移住も無理がある。
姓を変えることもその国の戸籍法では不可能か。

 

何故、名乗ってしまわれたのだろう……と苦々しく思う。
あのまま隠れていてくれたならこのような心配をせずに済んだのに。

 

しかし本来、誰かの心配をしなければならない国家体制がこの地上に存在することが間違っている。

 

最も良いのは人権を踏みにじる政権と、虐殺構文を備える悪魔の思想が潰えること。
どんな血統・家系であっても、どんな文化を持っていても破壊や殺戮に怯える必要のない社会が訪れることだ。

 

どうか早く、まともな国になりますように。
(諸葛村の人々が無事でありますように)
強く願い、祈る。

 

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