蜀同盟

蜀の民よ、集いたまえ。~諸葛亮中心の三国志話と、現代世俗話~

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蜀同盟(c)吉野圭

「諸葛亮は本当に天才?実はたくさんの失敗をしていた!」感想

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リンク先から画像引用。この絵は、孔明を描いたものとしては悪くないと思った(めずらしく抵抗感がないので実物に近いのかも…オッサンぽいよりは女性的なほうが現実らしい。笑)


いい加減に諸葛亮についての検索はやめたいのだけど、ブログ運営の都合と社会的責任から、やむを得ず続けている。

頭のおかしい人たちによる悪口で溢れるネット記事のなか、下記事は批判であっても意外に正当で良かった。

sangokushirs.com

〔2019/5/3筆〕投稿後の翌朝10:00、米印で解説UP

 

タイトルについて

>諸葛亮は本当に天才?

ん? まず、どう考えても「天才」ではないですよ。笑


そんなことは問うまでもなく大前提の当たり前。
そもそも「天才」という能力だけに人間の価値を求めるという、低い低い価値観のほうが問題だと私は思う。
『諸葛孔明の実像』などと言って、天才ではなかったことをあたかもスキャンダルであるかのように述べて悦ぶ人たち(※1)は愚か過ぎる。その幼稚な価値観は幼稚園か、せめて小学校で卒業しておいて欲しい。

しかし、記事内容はオーソドックスで妥当な歴史解釈で安心した。解説本をよく読まれている方だと思った。

 

軍事行動について、解釈の誤りと正当な箇所

諸葛亮の失敗には、北伐を繰り返したことでもあります。諸葛亮は、何度も北伐に挑んでいます。しかし、北伐によって得るものはほとんどありませんでした。結果的に、兵をいたずらに消耗し、疲弊させるだけという捉え方ができるのです。そのため、北伐を繰り返したことが諸葛亮の失敗とみることができるのです。

これはよく言われているのだけど、第二次大戦の日本などを過剰に投影し過ぎて解釈を誤っていないか? 
軍事行動としては全く違うはずですよ。※2
ちなみに日露の乃木将軍とも違うはず。

(諸葛亮へ共鳴している)私の立場からはとうていこの説に対して反論など不可能だが、純粋に歴史として観た時には「現実にそのことで国家がどれだけ疲弊したのか?」と問いたい。
客観的な数字によるデータを見せて欲しい。

そもそも、北伐は領土拡大のためではなく、蜀に攻め込まれるのを防ぐためだったという意見もあるのです。そのため、北伐が本当に失敗だったのかというと、確実に失敗とも言えないのです。

そんな説を唱える学者がいるのか? 意外と鋭い人がいるのだな。
正解! と言いたいところだけど、そう述べたらフィクションファンや中国人が激怒するだろう。彼らの気持ちを踏みにじるのが恐ろしい……。

 

有能? 性格?

諸葛亮は、あまりにも有能過ぎて、どんなことに対しても自分でやった方が効率よく仕事をこなすことができます。しかも、諸葛亮は人に仕事を任せることができない性格だったのです。そのため、諸葛亮は多忙を極めており、死因は過労死とも言われています。もっと諸葛亮が他人に仕事を任せることができれば、蜀も変わっていたのかもしれません。

>あまりにも有能過ぎて

ここは全く違うと思う。
周りがそう思い込んでしまった、というのが現実かと。

>諸葛亮は人に仕事を任せることができない性格だったのです。そのため、諸葛亮は多忙を極めており

性格もあるかもしれないが、その前にどうしてそうなったか。
「何故、任せることができなかったのか」という背景をもっと分析して欲しい。
登場人物が少ないフィクション世界ではあるまいし、現実ではたった一人で状況をコントロールできるわけがないのだよ。
フィクションを排除し、もう少し頭の中に登場人物を増やして考えて。
(無論、若い頃から状況に手を打たず後手となったのは本人が悪いのであり、結果として本人に責任があったと言えるのだが)

 

諸葛亮は、人材育成の面でも失敗をしています。先ほど紹介したように、諸葛亮は人に仕事を任せることができない性格です。そのため、多くの仕事を兼務し、他の人に仕事を割り振ることができませんでした。その結果、他の人は経験を積むことができず、成長する機会が奪われてしまい、人材育成をスムーズに行うことができなかったのです。

晩年の蜀では、人材不足の感は否めません。諸葛亮なら、自分が亡くなった後にどうなるのかわかっていたはずです。自分の死後のために、人材育成や後継者育成をしておくべきでした。そういった意味では、諸葛亮の失敗は人材育成や後継者育成ができなかったことだと言えるのです。

是、是、ここは全くその通り。

 

意外と自信家

諸葛亮の失敗から、諸葛亮は自信家であることが窺えます。なぜなら、劉備(玄徳)の遺言で「馬謖を重用するべきではない」と言われたにも関わらず、諸葛亮は北伐で馬謖を重用しました。その結果、大きな失敗となり、北伐は失敗したのです。

これはこの間のAI診断でも「自信家」の結果が出て、驚いた。
(馬謖の件は自信と言うよりも、他の事情だが)

ksnovel-labo.com

本人は他者に比べて自分を有能だなどと思っていなかったはず。
しかしそのように謙虚なつもりでも、意外と「自己信頼」という意味での自信はあったのかもしれないね。

 

ポジティブシンキング

何か失敗したときには、諸葛亮でも失敗したと思い、ポジティブになることができます。失敗してもクヨクヨしないで、ポジティブシンキングで生きていきましょう。

「諸葛亮でも失敗したと思い」? 猿も木から落ちる、ですか。

この話だと、私はどうしたらポジティブシンキングになれるのだろうと悩んでしまうな……(そもそも諸葛亮が木登りの巧い「猿」ではない、と知っている私は)。苦笑
「明日は明日の風が吹く」と思うべきだろうか。
まあ頑張ろう。


ところで私がこういう批判に怒ったり落ち込んでクヨクヨすると思われそうだけど、意外にもそんなことはない。
正当かつ的確、筋の通った批判にはむしろ力が湧いてくる。
どちらかと言えば、盲目的な称賛に触れるよりも筋の通った批判のほうが元気が出る。
現実を観ている人がいる、という事実が嬉しい。ただそれだけだ。

赤の他人の話であっても、たとえば裁判などで正当な判決文を読めば腑に落ちて力が湧いてくるだろう。そんな感じ。

正当か不当か。それだけしか私は興味がない。
とにかく正当なものを見せて欲しい。

 

解説

※1 「『諸葛孔明の実像』などと言って、天才ではなかったことをあたかもスキャンダルであるかのように述べて悦ぶ人たち」とは日本に潜む左派工作員たちと、彼らに洗脳されている知的弱者たちのこと。
左翼たちは孔明について「天才ではなかった」と言うか、史実を無視した捏造話をばらまくしか悪口の手段がないらしい。可哀想に。

捏造の見本:

rtk3alliance.kslabo.work

いっぽうで彼らは自分たちが崇拝する曹操(国家主席・将軍サマの投影)については、赤壁の大敗も、大量虐殺や拷問粛清も「素晴らしいこと」と無限の賛辞を送っている。さすが暴力愛好集団、サイコパスの愚行や蛮行こそが「模範とすべき憧れの振る舞い」であるらしい。

※2 左派は、諸葛亮の北伐に太平洋戦争時の日本を重ねて間接的に「反日で批判」している。
しかし太平洋戦争時の日本軍は、諸葛亮の北伐時と似ているとはとても言えない。兵站が滞ればすぐ撤退した諸葛亮のどこが「日本軍っぽい」のだ。(かつての日本軍は兵站が全く整っていないなか軍事行動し、大量の餓死者を生んでいる/つまり私が何を言いたいのかと言うと、状況の違いを無視して同一の評価を出すなということ。そのような手抜きの情報処理は軍事的にタブーで、非常に危険
左派の悪口を鵜呑みにするのは、軍事知識が皆無である証。
歴史ジャンルの人が一般以下の軍事知識しかないので誤った説が広まる。お粗末過ぎる。少しは現実を学んでください。

 

こちらも参考にどうぞ。かなり高度で客観的な議論をしている、本物のオタクたちの意見です:

rtk3alliance.kslabo.work

 

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