蜀同盟

蜀の民よ、集いたまえ。~諸葛亮中心の三国志話と、現代世俗話~

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蜀同盟(c)吉野圭

宇山先生、諸葛孔明を「天才」と祭り上げたのは司馬懿ではありません

『“しくじり”から学ぶ世界史(宇山卓栄著)』の諸葛亮の項目について、この本の体裁にならい、「人物なりきり設定」でインタビューに回答してみます。

以下引用箇所はP208より。
「――」がこの本におけるインタビュー設定の文章。引用後の「A.」、なりきり回答は当ブログ筆者による。
設定は「現代視点(諸葛亮が現代に生きていたら)」での語りです。
くだけた現代語で語るため、お見苦しい箇所あるかもしれません。ご了承ください。

shikujiri.gif “しくじり”から学ぶ世界史

〔目次〕
宇山先生「創作回答」の根本的誤り
プロである部下たちへ、遺言など必要ない
歴史学者さえフィクションと史実の区別がつかない、日本の教育が心配
「天才」と呼んだ人々は誰か? 真相開示
最後に感謝

宇山先生「創作回答」の根本的誤り

――あなたは『三国志』最高の天才軍師とされています。


A. はあ、そうなんですか? 「最高」は意外です(笑)。確かに生きている時から異常な騒がれ方をした記憶はありますが生きている間だけのアイドル扱いなのだと思っていました。後世までこんなふうにオモチャにされ続けるとは思わなかった。

――しかしながら、あなたは秀でた行政手腕はもっていたが、軍略に優れていたわけではない、という評価もあるようですね。
【宇山創作、諸葛孔明の回答】(何故に天才扱いされたのかについて)私を天才軍師に祭り上げたい人間がいたからだよ。
――エッ!? それは誰ですか。
【回答】司馬懿仲達さ。

A. ええっ!? 仲達が天才に祭り上げた?? 初耳です。だとすれば私が二十代くらいの若い頃に、司馬懿が遠方で私を「天才」と評価したことになりますね(私が一般の方々の間で「天才」と呼ばれ始めたのは、赤壁戦後に荊州の三郡を任されて仕事をしていた時期ですから)。
荊州時代に、何故か会ったこともない司馬懿がという人が「諸葛亮は天才だ」とつぶやき、それが全国へ伝わった。それで私の勤めていた庁舎へ一般民が殺到するような異常事態になった、と? 私はその当時の司馬懿の評価を聴いたことがないし、記録で読んだこともありませんが。どこに記録されていますか?
(そんな記録はどこにもないし、理論的にも有り得ない。噂を流したのは身近な者……たとえば側近の部下たちだった。歴史理論的に考えてもそれが妥当)

【回答】司馬懿は有能な人物で、魏の曹操からも警戒されていた。(略)もし早々に戦に勝てば、その有能さを曹一族から警戒され、つぶされてしまう。司馬懿が台頭することを喜ばない勢力が、曹一族の他にも魏内部に少なからずあったのだ。一方、戦に敗ければ将校たちから愛想を尽かされ、評価を落としてしまう。つまり、司馬懿は勝つことも負けることもできなかったのさ。そんな状況で、司馬懿は敵将の私を天才軍師に祭り上げる。その天才軍師に翻弄され、進むことも引くこともできない。狡猾な司馬懿はそういう構図をデッチ上げたということだ。
――失礼ですが、それは八百長ということですよね。
【回答】まあ、そんなところだ。

A. ううーん……?
(宇山先生が何を仰っているのか分からなかったのでしばらく考える。もしかしたらこの歴史学の先生は、私が「天才」と祭り上げられたのは司馬懿がたった一言、「けだし天下の奇才なり」と言ったからだと思い込んでいるのか? つまり死後に呟かれた一言だけの評価で中国ではあれだけの大騒ぎになり、伝説になったのだと思っている。あまりにも子供じみた非現実的な空想。有り得ない。「世界史の講師」を名乗るのなら、もう少し現実的に考えて欲しい)

宇山先生、まず大前提が間違っています。
あなたは私が死後初めて有名となり、死後初めて「天才」という評価が生まれたのだと思っているようですが、まさかそんなわけがないでしょう。それまで一度も評価されたことのない人間が一国の軍隊の最高司令官となれるはずがない。

それに評価されたことのない人物について司馬懿が、いきなり
「あいつが天才だから俺は勝てなかったんだ。仕方なかったんだ」
などと言ったところで、そのような唐突な言い分に誰が納得しますか?
「誰だよ諸葛亮って。勝てなかったことの言い訳、乙w」
と嘲笑されるのが落ちです。
普通に考えれば分かることだと思いますが。

どうやら宇山さんもフィクションのイメージに翻弄されているようです。
もっと冷静に考えてください。それか、もう少し記録を読んでください。

記録を読めば分かると思いますが、私は司馬懿との戦の前に何度か北伐戦を行っています。この際、「諸葛亮が攻めて来た!」というニュース速報が伝わった時点で各城を護る将たちは降伏メッセージを送って来ています。これは当時、既に「諸葛亮」という名が相当恐れられていたという証拠です。ほとんど戦わずして勝つほど、当時の人々は私を「天才軍師」だと思い込み恐れていたようです。
そんな世情の中、司馬懿はただ一人一歩も引かず、冷静に状況分析して「勝てる」と考え踏みとどまったわけです。
臆病者どころか、むしろ勇敢と言っていい。(勇敢でなければ冷静な状況分析は不可能)
司馬懿は現実主義・合理主義の、本物の戦略家だったと言えるでしょう。

プロである部下たちへ、遺言など必要ない

【回答】「死せる諸葛孔明、生ける仲達を走らす」という言葉が後世にできたようだが、まさに言い得て妙。司馬懿は私が陣没したことをもちろん知っていた。撤退する我が軍を追撃すれば、勝利を手にすることもわかっていた。しかし、司馬懿はそうすることができなかったんだ。私はそのような司馬懿の苦境を理解していたので、死の間際「私の木像を陣頭に置いて敵にさらせ」と遺言したのだ。

遺言など必要ありません。
※上のような「遺言があった」としているのはフィクション設定です。軍事素人による素人のためのフィクションを鵜呑みにしないでください。

トップが死んだことを隠して生きているかのように装うのは、どこの国の軍隊でも行う常識的行動。軍事プロなら分かるはず。

>私はそのような司馬懿の苦境を理解していたので、死の間際「私の木像を陣頭に置いて敵にさらせ」と遺言した

馬鹿馬鹿しい。私には死の間際、司馬懿の魏内部での苦境を慮って、遺言で世話してやるほどの余裕はありませんでした。
当たり前ですが。誰が戦場で相手方の将軍の家庭内事情を気遣うものですか。
人の命がかかっている戦場では真剣勝負なのです。そのような、主婦のご近所さんへの気遣いのごときお遊びに心をくだいている場合ではないし、そんなお遊びをする戦略家がいれば職務怠慢で処刑されても文句は言えません。
戦争を知らない人間の空想、妄想ですねこれは。

歴史学者さえフィクションと史実の区別がつかない、日本の教育が心配

――実際、司馬懿はあなたの木像を見て、「諸葛孔明が生きている!」と叫び、「また、諸葛孔明の計略にハマってしまった」と泣きわめいて、逃走しました。
【回答】 ハハハ。ヤツの演技はいつも大げさだからな。


ここは最低だと思ったから強調して書いておきます、「悔しがって泣きわめいた」などの話はフィクション設定。著名な世界史講師でさえフィクションと事実の区別すらつかないとは、この国の教育はどうなっているのでしょうか? 子供たちが心配。頼むからフィクションを事実であるかのように喧伝するのはやめてください。

なお、司馬懿の「死せる諸葛孔明、生ける仲達を走らす」という行動もいたって常識的です。
敵将死亡のニュースが入っていたとしても、そのニュースが事実であるとの確実な裏が取れていない限り、生きている前提で警戒行動するのは当然のことです。
これは現代でも同じ普遍的な話です。
もし古代を想像するのが難しいのであれば、ぜひ現代の軍隊を観察してみてください。
どこの国の軍隊であっても楽観的な情報によっては動かず、常にネガティブなほうの情報を選択して警戒行動をします。楽観性に流れるべきではないのは軍事の常識です。この常識が身についておらず、楽観的情報のみで動いた軍隊は必ず大敗しています。(例: 太平洋戦争時の日本軍)

戦争を知らないのは幸福なことですが、フィクションと現実をごちゃ混ぜにして考えていると軍事の常識が理解できなくなります。
これを「平和ボケ」と呼びます。
平和ボケは、いざ現実の戦争となったときに非常に危険です。
可能な限り、古代の戦争も現代現実の戦争と照らし合わせて基本を学ぶべきです。

「天才」と呼んだ人々は誰か? 真相開示


最後にこの項目のまとめから

【この教訓に学べ!】
この世に英雄はいない、英雄をデッチ上げたい人がいるだけだ


宇山先生!
それのどこが私の「しくじり」になるのですか? 笑
英雄をデッチ上げて「しくじって」いるのは後世の人々であり、私本人は無関係だと思います。

※この最後の「まとめ」は、他の人物については本人の“しくじり”の指摘。ところが諸葛亮だけは何故か本人とは無関係の他人事

もっと、私の“しくじり”は他にたくさんあると思うのですがね。
マニアが好きな話題、たとえば「詰めが甘い」とか。笑

強いて「天才扱い」されたことについて本人的な“しくじり”だったと言うのであれば、生きているうちに天才扱いされて苦悩し、心に傷を負ったことでしょうか。
しかしほとんど不可抗力で渦に巻き込まれた感覚なので、本人としてどう対処すれば良かったのか分かりません。

なお、私を「天才」と祭り上げた張本人は一般の国民たちです。
気付いた時には噂が民間に達していたのでどうすることもできなかった。
相手は圧倒的多数ですから抵抗のしようがありませんでした。あのような不可抗力の渦は災害と同じで、運命としか言いようがないでしょう。

魏軍を率いる将が司馬懿でなければ、もっと早く簡単に魏軍は蜀軍に勝利し、蜀は併合されていたでしょう。そして、諸葛孔明伝説も生まれることはありませんでした。『三国志』という物語は偶然の上に偶然が重なり、また、それを講談師が脚色したことで、爽快な英雄譚として今日に伝わっているのです。


>魏軍を率いる将が司馬懿でなければ……諸葛孔明伝説も生まれることはありませんでした。

悪いがそれだけは100%あり得ません。
司馬懿がいなくても「天才扱い」の運命は変わらなかったと思います。司馬懿が「けだし天下の奇才なり」と太鼓判を押したことで、伝説に拍車をかけたとは言えるのでしょうが。
その評価も対等な人としての賞賛でしたから、私は司馬懿を怨むことはなく、深い尊敬心を抱いています。

>『三国志』という物語は偶然の上に偶然が重なり、

確かに偶然であるかのように見える奇跡が重なって、今の日本でもフィクションとして触れることができる、という状況があります。
しかし偶然にしては都合が良過ぎるので、私は「必然だろう」と思っています。
オーディエンスたち(高次霊や観察霊)の仕業ではないか、と。
際物キャラとしてオモチャ扱いされているこの状況、あえて「オーディエンスの嫌がらせ」と言っておきますが、まあこんな状況にも何か意味があるのでしょう。

オモチャとして嘲笑されることもまた、私の試練です。
今は若干、この試練を愉しんでいます。

最後に謝りと感謝

(著者の先生がエゴサーチされた時のためにメッセージ)
宇山先生、厳しいレビューを書いて申し訳ありませんでした。世界史の先生なので、西洋人物については詳しい方なのだと思います。他の人物につていの解説は含蓄深く、勉強になっています。

ただ『三国志』に関してはフィクション以外、あまりご存知なかったようですね。
いや、ご存知なくていいんです。世界史から見てもマイナーな人物だから当然です。教科書に載ることはないし、ゲームでしか語られない人物。学生たちの受験には関係ないから塾で講義を行う必要もないでしょう。
この本、全体を眺めてみても「諸葛亮」だけは無理やり入れたかのように違和感があります。先生ご自身はこの本に彼を入れるつもりはなかったのでは?
推測ですが、出版直前に出版社から「諸葛亮も入れて」とリクエストがあり、時間がないなか急遽『蜀志・諸葛亮伝』の陳寿評あたりだけ読んだのでしょうね。出版社は売上第一ですから。
ご心情察し、同情致します。

しかしこの本に入れてくださったおかげで私は驚くべきことに気付きました。
ざっと全体を読んでみて、「諸葛亮」の項目だけ「牧歌的」と言うか、他に比べてたいしてエグい話もなかったことに驚いたのです。
目を覆いたくなるような裏切りも虐殺もない。
私としては、戦争で兵隊を殺すことも充分に目を覆いたくなる虐殺だと思うし、馬謖の処刑は未だに心に刺さる暗い事件です。
ただ他の人物のように民間人の虐殺や凌辱、利己的な粛清などの事件が一切なかった。
この奇跡に気付いて改めて驚嘆しました。

民間人虐殺や粛清、裏切りがなかったどころか、主君の劉備とは最後まで信頼し合ってほのぼのムードが漂う。
他の参謀は簒奪を疑われて殺されているというのに。
ただこれだけでも明らかに他のページと雰囲気が違う。

改めて稀有な時代、稀有な人生だったのだと知り、感謝で涙しました。

色々厳しいクレームを書いてしまいましたが、このことに気付けただけでも感謝です。
この本を書いていただき、ありがとうございました。

第三者視点の筆者へ戻り、レビュー


以上、「なりきり設定」の妄想語りでした。
限りなく本気に近い妄想ですが。笑

奇妙な体験をしながら私が正気を保っていられるのは(皆様には正気ではないと思われているでしょうが、心はいたって健康で精神科のお世話になったことは一度もありません)、上で書いた通り諸葛亮の牧歌的な人生のおかげだと思います。

何より諸葛亮の人格と行動について、私が抵抗を覚えるようなことが一切ないというのは救いと言えます。

有難し。
彼の周囲の人々にも、稀有な人生にも感謝です。


【書籍の感想】
この本は某局テレビ番組、『しくじり先生』を彷彿とさせるタイトルからライトな内容を想像して買ったものです。
最近、暗い世情を映す社会的な本ばかり読んでいたので、息抜きに軽めの本を読みたかった。

しかしざっと読んでみて、ライトな書き方とは言え皆さんやっていることはエグいので参りました。
しかも一人ごとの解説が短いために、なおさらエグさが引き立つという。
たとえば
「民間人を好き放題に大量虐殺」とか、
「部下による簒奪を恐れて数万人の粛清をし、組織ごと潰す」とか。
まあ近現代のヒトラーやISなどと変わらない話のオンパレードです。
知っている話であっても、改めてこうライトに書かれると逆に不快感が増すという不思議。

世界史の講師だけあって分かりやすく書いてくださっているし、“しくじり”の指摘は含蓄あります。
ただ、これはあくまでも人物カタログであって、若干の認識違いや誤りもあるので人物名を知ったら自分で調べて学ぶ必要があるでしょう。
(たとえば諸葛亮については上に書いた通り明らかな間違いです)

歴史は自分で調べて学ぶ、のが基本。
そのきっかけとなる人物カタログとして一読の価値ありです。
世界史を学習中のお子様はもちろん、世界史から離れた大人も学生時代を思い出して調べ直す良い機会となります。


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「孔明ってどんな人?」に回答。史実で眺める諸葛亮の性格と、「何をした人」なのか

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