蜀同盟

蜀の民よ、集いたまえ。~諸葛亮中心の三国志話と、現代世俗話~

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蜀同盟(c)吉野圭

「劉備=ドラえもん 諸葛亮=のび太」説 今でも二人が語り継がれる理由 ※誤り修正しました

〔2019/5/18筆〕

最近、ヤフーのサービスが軒並み終了しているので危機感を覚えています。
悪口掲示板として悪名名高い『知恵袋』も、去年からフィルターシステム導入で急に健全化しているのですが、絶対に終了しないとは言い切れない。

そこで私が諸葛亮関連で知恵袋を眺めていて、これは秀逸だと思った回答をここに引用していこうと思います。
もちろんただのコピペでは違法(著作権侵害)となってしまうので、恥ずかしながら筆者の評も書いていきましょう。

 

ドラえもんで理解する三国志


下の質問でベストアンサーの回答、内容はともかく喩えがツボだった。
「劉備=ドラえもん」
「諸葛亮=のび太」
と喩えてらっしゃる。
現代の私でも共鳴しやすい喩えに感謝! 

筆者はもともと『三国志』のフィクションから入った人間ではない。フィクションを好きだった時期は一瞬もない。→筆者の三国志知識 だからむしろ現代の私としては『三国演義』より『ドラえもん』のほうが遥か遥かに馴染みがあるし熱くなる話題。笑

またこの回答者は、本人の死後から現代に至るまで何故このように諸葛亮が騒がれ続けているのか歴史的経緯を説明されているのが凄い
私はこの辺りの知識が皆無なので有り難かった。勉強になります。
(ただしもちろん民衆の間で何が起こっていたか、という話は考えてもいらっしゃらないですが)

2019/6/9追記、6/10文章推敲 よく読むとこの回答者さんの話は「渡邉説」のコピーでしたね! 失礼しました。中華には「名士」しか存在しなかったという話は完全なる誤りであり、陳寿の『蜀志』は100%が名士によるフィクションなのだとする話は某学院(K産工作機関)による犯罪的な歴史捏造です。下記URL参照。

ksnovel-labo.com

現実で劉備と諸葛亮の伝説を語り継いだのは「名士」以外の一般民です。一般民が語り継ぐとき、現実の反映(曹操に虐げられていた民を、劉備らが救おうとした)が必ずあります
以下、捏造されている話に注意しながら引用をお読みください。劉備をドラえもんに喩える箇所だけは面白いです。

質問:

ID非公開さん 2018/8/2709:24:23

三国志の諸葛亮についてですが、三国志のヒーロー的存在に描かれています。

三国志の英雄と言えば、劉備、関羽、張飛

曹操、呂布、諸葛亮と言ったとこですが、中でも諸葛亮は、かなりヒーロー的存在です。
確かに演技は、盛り過ぎでも実際に優れてなければ、1800年後ぐらいの時が、過ぎた今でもその名が、残るはずないです。

やはり諸葛亮は、実際でも優秀でしたか?

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12195247057?__ysp=5LiJ5Zu95b%2BX
より

※注、「演技」は「演義」の誤変換だと思います

回答(捏造箇所には下線。※印の赤字は当ブログ筆者):

bap********さん 2018/8/2710:46:17

『三国志演義』という作品には、歴史書の『三国志』を物語にしたもの、という単純さはないんです。wikipediaでもけっこう詳しく書かれていると思いますけれど、後漢→曹魏→西晋→混乱期→南北朝…という客観的な正統王朝論ではなく、後漢→蜀漢→東晋という正統論が東晋の時代に出てきまして、そのなん百年もあとに、朱子学の朱熹がその蜀漢正統論という考え方を体系化します。

これはかなりトンデモ理論であり、鮮卑がたてた北魏と三国の曹魏とを重ね合わせ、北の異民族国家=悪、南の漢民族国家=善という見方を提唱しました。

宋は北の民族によって苦しめられ、元には滅ぼされ…という歴史を経ています。

これはけっこうフィクションに影を落としていまして、たとえば、『水滸伝』の原型になったオハナシがいくつかあるのですが、その段階と、完成形である『水滸伝』で、病尉遅・孫立の席次がどんどん下がっています。これはモチーフのである唐の尉遅恭が、非漢民族の出自だからだと思われます。尉遅恭は鮮卑系でしょうけれど、西域のホータンの王族にも尉遅っていますし、高句麗のウルチ・ムンドクも「尉遅」と同じ音だと言われます。
逆に、呼延賛の子孫扱いの呼延灼の席次は上がっています。呼延姓はもともと匈奴貴族の筆頭なのですが、呼延賛は北宋初期の対遼戦の将軍ですから、尉遅恭みたいな扱いにならなかったのでしょう。

で、『水滸伝』当時はまだまだ人気の高かった尉遅恭に比べて、フィクション世界では無名だった、相方の秦瓊(門神といって、中華世界の家の守り神です)の人気が相対的に上がり、『隋史遺文』→『隋唐演義』において主役級になります。『水滸伝』には秦瓊をあだ名とする人は出てこず、他の唐初の英雄は薛仁貴(郭盛)や王伯当(史進の家の召使みたいな人のあだ名)などは出てきますから、秦瓊人気は遅れて出てきているわけです。


こういうのが、『三国志演義』にも名残として絡んでいて、曹操は見かけ上悪役なんです。
※捏造です。見かけ上ではなく、三国時代当時の現実が「悪役」です。庶民を虐殺し、皇帝を傀儡とし、多くの家臣を拷問処刑し圧政を敷いたので。後世の人はこのように無責任に虐殺者を「ヒーロー」と見て称えるものらしいですが、当時に生きた人には不可能です。自分を殺しに来る殺人者をヒーローと称えることは有り得ません
『三国志演義』には、三絶と呼ばれる人達がいます。義絶の関羽、奸絶の曹操、智絶の諸葛亮です。
つまり、劉備は主役に見えますが、本当に作者が書きたい人ではないわけです。

たとえば、『ドラえもん』の主人公はドラえもんなのか、のび太君なのかで、学生時代、喧嘩というか討論をしたことありますが、どちらかというと、劉備はドラえもんに近いです。なんでもしてくれそうなのは諸葛亮ですけどね。
でも、ドラえもんにはあまりちびっこたちは感情移入しませんね。するならのび太君のほうがしやすいでしょう。

それが、主要読者層である士大夫たちにおける、諸葛亮です。諸葛亮には士大夫層の理想が投影されています。若造の自分を見出してくれた人を盛り立てて進む方向を示し、王にし、関羽の敗死と荊州の失陥という致命的損失を受けた後でも皇帝に即位させ、その遺命を奉じて幼君を盛り立てて富国強兵を行い、国に殉死する。
※「士大夫だけが語り継いだ。蜀志は100%フィクションだ」という話は捏造です

亡宋三傑(文天祥、陸秀夫、張世傑)の投影ですね。

文天祥の「正気の歌」は心を打つものです。諸葛亮の「出師の表」もこれを読んで泣かない者は人ではないとかなんとか言われますよね。私は泣けなかったので人でなしですが。。。
※あなたの感性の鈍さの告白など、どうでもいい。そんなことは「人として」に関係ない。それより虐殺や拷問処刑を賛美したり、現実にそういう行いをした人物を「素晴らしい英雄」と称えて崇拝できる感性のほうが「人でなし」だと思う。

諸葛亮は士大夫の理想像です。その前に立ちはだかる壁が高ければ高いほど、分厚ければ分厚いほど、士大夫層の心の琴線に触れるんです。命を削って一生懸命やっても、状況が悪すぎて目標を達成できない。それでも頑張って過労死…というか使命に殉じられるような君主に巡り会いたい。ってやつです。
※士大夫の理想かどうかは知りませんが、諸葛亮が一般民から慕われたことは現実です

『唐詩選』の冒頭に魏徴の述懐という詩が載っていますが、その中に、人生意気に感ず、という名文句があります。魏徴は混乱する情勢の中で何度も君主が滅び、最終的に李世民に仕えた人です。李世民の命を狙ったこともありましたが、李世民は彼の才能を惜しんで幕僚に迎えました。同時代の大臣である王珪という人が、魏徴を指して、「君主(李世民)が過去の聖王である堯や舜に及ばないことを恥として諫言を繰り返すことに関しては、自分は魏徴に及ばない」と言っています。
仕えるべき君主に出会い、全身全霊で職務を全うすることを喜びとするのが士大夫です。
趙襄子暗殺を何度も計画した豫譲は「士は己を知る者のために死す」と、紀元前5世紀とかに言っていますが、その精神がずっと貫かれていたわけです。

諸葛亮も、貫いた人です。それを描くためには、劉備のライバルだった曹操は魅力あふれる敵役でなければいけません。奸絶とは言いますが、悪役ではなく敵役のほうが適切かと思います。
※逆です。現実は曹操の「悪役キャラ」が立ちすぎていたため蜀人物のキャラを創作しなければならなかった。後述
普通に魅力的に描かれていますからね。劉備は人間臭さが薄れていますが、曹操は人間臭く魅力的に描かれていて、生き生きしています。劉備みたいに聖人ぶったような感じではありません。まぁ、三蔵法師とか宋江とか、味方のトップは主体性のない人物にして、部下が頑張るのがこういうオハナシのセオリーです。宋江なんてハッキリシッカリ無能でずいぶんげすいことしていますし。

で、魏(義)絶の関羽は曹操への義理を果たし、君臣の義を全うするために単騎で千里をかけて劉備の元に戻ることで、劉備と曹操の間をわたし、諸葛亮の活躍へのバトンをつないで死にます。

諸葛亮につなげるために、それまでのお話があり、諸葛亮をほめるために、劉禅は暗君として降伏します。
※劉禅を暗君として描くのは誤りですが、それ以外のこと、たとえば蜀が降伏したのは史実では? そういった歴史事実まで全て「諸葛亮をほめるためだけに作ったフィクション」であるかのように言うのはどうかしている。

まとめますと、私が言いたいのは、筆者が一番書きたかったのが、諸葛亮ということです。

実際に優秀ですが、そこに理想像を投影しています。


>『ドラえもん』の主人公はドラえもんなのか、のび太君なのかで、学生時代、喧嘩というか討論をしたことありますが、どちらかというと、劉備はドラえもんに近いです。なんでもしてくれそうなのは諸葛亮ですけどね。
>でも、ドラえもんにはあまりちびっこたちは感情移入しませんね。するならのび太君のほうがしやすいでしょう。

喩えとして考えれば、全くその通りと思う。
(上の方は「劉備は主役ではない」ということを言いたくて「ドラえもん」と喩えているだけなのだが、偶然にも本質を突いていた)

我がままな のび太と抑制し過ぎな諸葛亮、性格は真逆だが、ポジション的には確かにのび太だ。
ただどちらかと言えば長編の のび太に近いかな。
たぶん劣勢でも一生懸命なところが似ている。そして肝心なときにドラえもんは居ない……道具が出て来ない、という。それでも友達を救うために勇気を振り絞って独りでがんばる、とか。
しかもそれでダメダメでボロボロというところも長編シリーズっぽい。のだろうな。

余計な情報だろうが筆者も『ドラえもん』キャラ診断などで「のび太」と出る。
今まで「全然違うだろ!」と思っていたが今日初めて納得した。笑
正確に言えば私は、のび太ではなくキテレツのほうに近いタイプだけどね。
ただしドラえもんに相当する伴侶への友情の強さに関して言えば、確かにのび太と似ていると思う。
※2019/5/19結果。→残念ながら少し違いました

言うまでもなく『スタンド・バイ・ミー/ドラえもん』は泣いた。『さようなら、ドラえもん』+『帰ってきたドラえもん』は子供の頃に原作を読んだときも泣いたし、今見ても色々思い出して泣きそう。



さて上の回答に戻り。

>諸葛亮も、貫いた人です。それを描くためには、劉備のライバルだった曹操は魅力あふれる敵役でなければいけません。奸絶とは言いますが、悪役ではなく敵役のほうが適切かと思います。

という箇所は誤りだ。
現実の曹操はかなりのサイコパスで、そのままでも「キャラが圧倒で立つ」。むしろフィクションに馴染まないほどの残虐行為を繰り返したから、フィクションでは和らげられているはず。
そんな圧倒な悪人キャラ曹操とバランスを取るためにやむを得ず、蜀側の諸葛亮のキャラクターを作り変えるしかなかったのだ……というのが現実であるはずだが。
(むろん、諸葛亮も生きている当時から魔法使い扱いされていたので、既に生前から『演義』風のキャラクターは民間で作られていたと推測される。そのうえで『演義』では曹操とのバランスを取るため、輪をかけた濃いキャラに仕立てたのではないか?という意味)

その他、
『蜀漢正統論』
についてはそれが唱えられた当時に突然ふって湧いたものではなく、劉備や諸葛亮が生きていたまさにその時代から民間では当たり前のように語られていたものと思う。
文章としてまとめられたのがたまたまその時代だったというだけで、民衆感情としては「至極まっとうな常識」であったことだろう。

歴史マニアさんの惜しいところは、民衆・民間の意識を全く想像できないこと。
あたかもずっと民衆がいなかったかのように語ることができる、特異な才能をお持ちでらっしゃる。もしかしたら本気で、中国全土には民衆が存在せず、たった数百人で時代を回していたと信じているのか?

民衆が存在しないと思っているから、
「ある時代に誰々がこういう説を唱えたから、三国志は今こんなフィクション設定になったんだ!」
「陳寿が蜀びいきだったから、曹操が悪者になったんだ! すべては陳寿のせい!」
などという説を鵜呑みにしてしまう。
(このような説を唱えるのは概ね、曹操崇拝の信者だが。誰か一人のせいで曹操が貶められているのだと思い込みたくて仕方がない)

つまり、たった一人その人さえいなければ「我らが曹操様がヒーロー設定であったに違いない」などと信じていたいのだろうけど、そうはいかない。
その一人が歴史に存在しなかったとしても、何千万・何億人の一般民が蜀漢人気を支えたので、結果は全く変わっていなかっただろう。

歴史で浮上してくる評価は、膨大な民の意思が反映されたものである(民意という氷山のほんの一角に過ぎない)という大事な現実を無視しないで欲しい。

現代のように、悪意を持ったキュレーションサイトが、多くの人の評価を得てもいないのにSEO技術だけで検索上位に君臨するような時代は異常なんだよ。

 

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