蜀同盟

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蜀同盟(c)吉野圭

「劉備の遺言は帝位簒奪を警戒したため、という説は妥当?」知恵民の質問と回答

〔2019/6/4筆〕
『劉備と諸葛亮の信頼は嘘だった? 「君が代わりに(玉座を)獲れ」遺言の真相 』

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というテーマに関し、こちらは客観的な歴史ファンによる意見。

 

質問

⇒渡邉義浩氏の著書~この主張を妥当なものと思われますでしょうか?

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より引用。

rik********さん 2015/2/815:45:32

渡邉義浩氏の著書に「劉備の孔明への遺言は、陳寿の言うごとく交誼の顕れではなく、孔明の帝位簒奪を警戒し、ああいっておいて逆に釘を刺したのである」との主張が、ほぼ実際の史実として書かれてあったのですが、

三国志にお詳しい方、この主張を妥当なものと思われますでしょうか?

私は三国志については、演義と陳寿の正史の主な人物伝を読んだ程度しか知らないのですが、三国志の白眉ともいうべき箇所に関する著者のこの見方に、首を傾げざるを得ませんでした。

私が変に思った根拠ですが、簒奪を警戒していたなら、劉備の言行にそうした本音が少しは伝わっているのが自然だと思うのですが、それが全く無いこと。逆に、彼らの交友を示す逸話や、わが子にあてて「自分亡き後は承相を父と思うように」だとか、孔明を持ち上げ頼るように促しているものばかり残っています。そして何より劉禅は実際に孔明を熱く信頼し頼りっきりでした。

こうした点から、著者の言うように確かに名士を巡る部下の登用に意見の食い違いはあったでしょうが、「忠義の点で劉備は孔明をそれほどは信頼しておらず簒奪に釘を刺した」などと見るのは、何やら歴史ミステリー染みているというか、行き過ぎていると思うのです。

また、著者が実際の孔明を知っていた陳寿の記述を否定し「故国を思い両者の交誼を美化した」としていることにも納得がいきませんでした。魏が正統とする記述をしなければならない制約のなかで陳寿があれだけ故国の人物を称えられたのは、単純に本当のことだったからだと思うのですが…。

しかしいろいろ言っても私は三国志についてあまり詳しくないので、詳しい方の間で著者の見解がどう思われているのか、ぜひ聞いてみたいと思った次第です。どうかよろしくお願い致します。

補足皆さん、ご意見ありがとうございます。どうも氏の論は一部は、あまり評判よくないのがなんとなく分かりました。

どうも名士論で語りすぎる傾向があるようですね。よくあるであろう登用での意見の食い違いがあったという点ばかり見て、他の要素は返り見ずばっさり断ち切っているのですから。氏の論法だと、劉備が何を遺言していたところで、きっと必ず悪く解釈されるのだろうなといわざるをえません。

真っ当なご意見。
ミステリーの中でも最も陳腐で、低レベルな創作という感じですね。
おそらくこれが本当にミステリー小説なら、ミステリーファンの読者から「伏線もなしに驚愕の結末、有り得ん!」「小学生の小説? 金返せ!」と苦情殺到、炎上しているでしょう。

>氏の論法だと、劉備が何を遺言していたところで、きっと必ず悪く解釈されるのだろうなといわざるをえません。

に、笑いました。
それはそうでしょう。だって、目的が
「劉備と諸葛亮を悪者に仕立てる。無能と呼んで貶める」
ことしかないんですから。
彼らを貶めるためなら、理由は何でも良いし裏付けなども要らないと思っているはずです。
(そうして、民主化運動のシンボルになりかねない劉備・諸葛亮のイメージを破壊するのが目的。要するに、「民に釘を刺したい」のは自分たち。つまりこの説には自分たちの心の声が漏れてしまっているのですね)

ファシストたちはプロパガンダとして、おかしな説でも大声で言い続ければ通用すると考えています。
信じない人は最終的に暴力で言うことを聞かせるつもり、聞かない人は殺してしまうつもりなので、理屈など始めからどうでも良いのです。

 

BAの回答

kan********さん 2015/2/900:38:25

渡邉義浩氏は先の回答にもある通り、自説をさも真実であるかのように吹聴する(…と書くとはなはだ失礼な物言いではありますが)ような面がありますのでね。話半分に受け止めておくのがいいと思いますよ。
氏の名士論は非常に優れた考察で、これといって的確な反論も出来ないのが辛いところですが、そもそも名士という言葉は豪族社会(士太夫層)から出てきた清流派知識人たちが魏晋から南北朝への過渡期に貴族化・世襲化していく過程で生まれる言葉なので、この言葉を用いて三國時代を語ることそのものに無理があったりします(笑)。

まあ、それはさておき。
「私(主君)の死後、跡取りがダメなようなら君(宰相)が国を取れ」っていう遺言は、春秋戦国時代辺りに先例があったように思うのですがね。私は先秦史に詳しくないので、具体的にどの事例かお示しできないのが心苦しいのですが(^_^;
諸葛亮が前出師表で記した「三顧」も、殷の湯王が宰相の伊尹を招聘する際の故事にならって、劉備を湯王、自身を伊尹になぞらえたのではないか…とする回答も過去にありましたし、三國時代当時あるいは裴松之の時代などでは基礎知識レベルだった歴史知識が現代の我々には一見して伝わらず見落とされている…という可能性は大いに考慮する必要があると思います。

そういう点を考慮するならば、渡邉氏の解釈は成り立たなくなると言ってよいのではないかと思いますね。


質問した人からのコメント 2015/2/10 16:34:58

自分が全く持っていなかった視点から否定の根拠を提示して頂いたので、ベストアンサーとさせて頂きます。
他の方も、非常に懇切丁寧なご回答、本当にありがとうございました。皆さんの説得力ある回答に、胸のつかえが取れた思いです。

またkan********さんがBA。
彼は現代の危機意識については難がありますが、三国志に関する知識はさすが一級です。
(この時代に名士という概念を使って説明するのがおかしい、と、知識によって渡邉氏の説を根底から覆しているところが凄いなと思います)

>「私(主君)の死後、跡取りがダメなようなら君(宰相)が国を取れ」っていう遺言は、春秋戦国時代辺りに先例があった

これはよく言われていることですが、そうらしいですね。
だから私も少し首を傾げているのです。この迷いある台詞は劉備の人格に少し合わないと。
劉備という人は他人の真似をしないタイプであったし、決して道徳の教科書に従うような生き方をしなかった。史書からもそれが窺えるはず。(道徳の教科書に従ったかのように思われているのはフィクションイメージに引きずられた誤解です。史書をよく読めば分かるはず)
あくまでもマイペースであって、自分の信条を第一とし、オリジナルの言葉で語る人であった。

だから私が薄っすら思っているのは、劉備はもしかしたら病床で前置きなく
「君が王となれ!(君が国を取れ)」
と諸葛亮へ言ったのではないかということ……。
それではあまりにも酷いので、陳寿が古典にならって前置きとして「跡取りがダメなようなら」を付け足したのではないか?
こう考える根拠として明確な文は史書にはないので、あくまでも私の感覚ですが。
ただしそもそも「君が国を取れ」という言葉がなかったということは考えにくい(正式な遺言なら記録が書かれた当時の皆が知っているため根本から捏造できない)ので、そこは疑う必要はないかと思います。

また「三顧礼」ですが、これは劉備が何度も諸葛亮の家へ通ったことについて、知識人だった諸葛亮が故事になぞらえて、「三度も訪ねてくださり」と表現したのでしょう。決して儒教的な儀礼通りの三度を表すものではありません。
このことは日本語の表現として、
「再三訪ねてくださり」
という定型表現と全く同じです。
「再三」という言葉は三度に限らず、二度かもしれないし五度かもしれないのですが、とにかく「何度もご足労いただいた」という意味になるでしょう。
劉備が故事にならって礼儀として行ったことは考えにくいので(すみません劉備は故事の知識があまりありません、笑)、何らかの事情があって本当に何度も訪ねただけと思います。
なお、私は「三顧の礼」は確かにあったと思っているものの、「異説」も真実だと考える者。この件については個人的なイメージが関わるため、ここでは書きません。もう一度改めて後述します。

>そういう点を考慮するならば、渡邉氏の解釈は成り立たなくなる

そんなことはありません、そもそもが理屈が通らず解釈は一瞬たりとも成り立っていません(笑)。
「伝統に従った」のかそれとも劉備の意志だったのか、と考察する以前に根本的におかしいのです。
その点、他の回答者さんのほうが核心を突いていると思います。

 

シンプルな否定


他の方々の回答。
こちらの方々のほうがシンプルに根源的に論破できていると思います。三国志の知識がない人でも、ミステリーとして見れば誰でも盛大に突っ込むことが可能なところです。

mot********さん

2015/2/915:07:29

渡邊氏の論は、名士ネットワークの考察、三国の政治経済の具体的な実像など、参考になる部分が、少なくないと思います。しかし、慎重に可能性の一つとして語るべきところまで、かなり強く断定的に語ってしまう、あまり良くないところも、あると思います。

他の方もおっしゃっていますが、劉備が、もし本当に警戒していたなら、制度を変えようとする動きを見せているなり、遺言にしても、孔明には普通に「劉禅を補佐してやってくれ」とはっきり言い、渡邊氏の説で孔明と競合しているという益州の名士に「孔明には気をつけろ」と言っておく、そうした通常の対応で釘を刺していたほうが、よっぽど有効だったと思います。
それなのに、なぜそういったことをせず、わざわざ、現に残っている遺言のような、回りくどい方法で、釘を刺したのか刺していないのか、分からない言い方をする必要があったのでしょう? 結果的に見ても、釘を刺すどころか、劉禅らの信任によって、孔明がやりやすいようになっています。
やはり、現実的に考えて、渡邊氏の論は、空想めいているところがあると思います。

>制度を変えようとする動きを見せているなり、遺言にしても、孔明には普通に「劉禅を補佐してやってくれ」とはっきり言い、渡邊氏の説で孔明と競合しているという益州の名士に「孔明には気をつけろ」と言っておく、そうした通常の対応で釘を刺していたほうが、よっぽど有効

ですよねえ。
C国K産党のS氏なら、疑っている相手はすぐに粛清しているでしょう? 
追記 他の中華の皇帝も皆そうでした。朱元璋をご覧なさい(息子に国を継がせたいので、簒奪する可能性のある知識人を軒並み大粛清した)。このようなことは中華だけではなく世界中で起きています。

「君が国を取れ」などと言えば、欲の強い人間は君主の死後、即座に玉座を奪っていますよ。
もし息子に継がせたいと思っていたらこんな危険なことを言うものですか。あなただったらその勇気がありますか?
あるいは、豊臣秀吉でもいい。秀吉は臣下に「君が国を取れ」などと言いましたか?

そんな台詞は疑いが強ければ強いほど口から出すのは恐怖でしかないでしょう。
人間、死後のことはコントロールできないのですからなおさら、心にもないことは言わないものです。
劉備が諸葛亮へ「君が国を取れ」と言ったのはむしろ死に臨んだ者の本気の本心でしかない。
だからなおさら中華には激震が走ったことでしょうし、諸葛亮にしても「ヒイハラ勘弁してください(涙)」という感じなのですが……。

 

kou********さん 2015/2/822:11:42

私もそれはうがち過ぎた考えだと思いますね。

まあ、劉備の言葉を額面どおり受け取っていいかはまた別かもですけど。

私は、劉備がこう言う事で、全権を託した丞相・諸葛亮を動きやすくしたんじゃなか、と思います。
この時期、諸葛亮より古参な人もまだいましたし、魏延のようにクセのある人もいました。
中には、諸葛亮のことを良く思わないような連中もいたかもしれません。
そういう人々の口を封じるのが目的だったんじゃないか、と思いますね。
実際、劉禅は諸葛亮を否定するような人を処罰してますし、劉備の遺言と劉禅の信頼が独裁者となった諸葛亮の大きな後ろ盾になったのだと思います。
それを意識して、諸葛亮も度々、先帝は・・・と劉備の事を持ち出したりしていたんじゃないか、とも思いますし。

おっしゃるように、本気で諸葛亮を警戒していたのなら、本人にしょうもない事をいうより、丞相制を廃止して三公制にするとか、諸葛亮の権限を抑えるように考えるはずです。まあ、それも国情からやれない、警戒しつつも諸葛亮の才能に頼らざるを得ない、なんてことかもしれませんが・・・、どっちにしても、そんな遺言になんの拘束力もないですしね。

全く仰る通り。
疑いがあるならまず丞相という地位を劉備が用意したこと自体がおかしい。

kou********さん、一点だけ

>中には、諸葛亮のことを良く思わないような連中もいたかもしれません。そういう人々の口を封じるのが目的だったんじゃないか、と思いますね。

いやいや。逆ですよ。
あの遺言があったからこそ諸葛亮は追い詰められたのです。
後世の人が「あれほど酷い遺言はない」と言っているのは正しい。日本では分かりづらいですが、中華では悲惨なことになります。
むしろ言うことを聞いて本当に国権を執れば楽だったし、北伐も成功していたかもしれません。
まあ、それでは今の『三国志』という物語が存在していなかったでしょうが。

 

kai********さん 2015/2/818:53:02

私もあの人の三国志観は
ちょっと歪んでいるように思います。

>孔明の帝位簒奪を警戒し、
>ああいっておいて逆に釘を刺したのである

間もなく亡くなる人物が釘を刺したところで、
孔明に簒奪の野心があれば本当に実行しますよ。
実力も実権もあるんだから。
でも実際には自分の命を削ってまで
忠臣として動きましたよね。

本当に劉備が孔明の簒奪を警戒していたならば、
本人には何も言わず他の忠臣達に
孔明が簒奪に動く事を警戒するよう指示するなり
可能ならその対処法を伝えるなりした方が
遥かに効果的でしょう。
正史か演義のみかは忘れましたが
孔明が自分の死後に魏延が反乱を起こした際の
対処法を考え、予め密命や手紙を残しておいたように。

ちなみに私は劉備の遺言及び劉禅に宛てた手紙は
三国志指折りの名文だと思っています。

シンプルに、仰る通りです。
何故「歪んでいる」のかは、頭が悪いのではなく政治的な手先としてプロパガンダを行っているからです。
渡邉氏にも色々と事情があるのでしょうね。喉元にナイフを突きつけられているような。
でも、そんな政治的プロパガンダを鵜呑みにしない真っ当な歴史マニアの方に救われます。
(ぜひ現代ニュースにも関心を持って、孔子学院の危険性にも気付いていただきたいですね)

>本人には何も言わず他の忠臣達に孔明が簒奪に動く事を警戒するよう指示するなり可能ならその対処法を伝えるなりした方が遥かに効果的

そうですね。
その前に劉備ならとっくにクビにしていると思いますが。

>正史か演義のみかは忘れましたが孔明が自分の死後に魏延が反乱を起こした際の対処法を考え、予め密命や手紙を残しておいたように。

ここは、「演義のみ」ですね。もし正史にあったとすれば捏造だと思います。
史実の諸葛亮は魏延のことも尊重していたはず。人手不足ですから隊を率いる将軍をないがしろに考えることは有り得ません。実際に隊を動かす将軍は、後ろに控える司令官にとって「神様」です。
魏延が反発することについては「困った人だな……」と思っていたはずですが、まさか死後、謀反を起こすとは考えていなかったと思います。
ただひたすら皆には仲良くして欲しいと願っていたはずですね。国家の危機に皆が一枚岩とならないことほど悲しいものはありません。
謀反を起こした魏延にも事情があったのでしょう。そうしなければ命が脅かされるような。
彼の本当の事情が分からない限り、後世の我々が責める権利はありません。

>ちなみに私は劉備の遺言及び劉禅に宛てた手紙は三国志指折りの名文だと思っています。

私もそう思います。
奇跡の人格を表す名文です。

 

hur********さん 2015/2/816:28:53

穿った見解ですよね。私も渡邊氏の著書は持ってますが、あくまで彼個人の主張に過ぎないと思いますよ。

この人は、自身の唱える名士論によって三国志の全てを解釈しようとする悪癖(?)があります。史料を突いて君主と名士の対立を見出したがるのも、その一環です。
参考文献に自分の著書ばかり列挙するような人ですから、彼の著書ばかり読んでいると考えが偏って洗脳されてしまいますよ。

一理あると思った部分だけ取り込んで、あとは読み流すくらいで良いと私は思います。

ただまあ、魏志や呉志と違って、蜀志は陳寿オリジナルのようなものですから、美化することは不可能ではないです。
諸葛亮を持ち上げることは、故国を持ち上げたい陳寿と、相対的に司馬懿も持ち上げたい晋の、利益が一致していますし。
晋にとっては、魏を美化される方が困る部分もありますし、制約も蜀志より魏志の方が多かったでしょう。特に魏における司馬氏の失態や凶行は多くが隠蔽されていることは、裴注で分かりますので。

こちらもシンプルかつ正当です。

>穿った見解ですよね。私も渡邊氏の著書は持ってますが、あくまで彼個人の主張に過ぎないと思いますよ。

良かった、一般の三国志ファンはまともで。
あれを絶賛して鵜呑みにしたレビュアーはやはり工作員だということが丸わかり。

>蜀志は陳寿オリジナルのようなものですから、美化することは不可能ではない

ここは現代人の考えと当時の人々の価値観が反転しているのだと思いますが、あれは決して「美化」ではないし、むしろ貶める目的だった箇所もあります。
美化することに障壁があったのは晋が武帝と崇める曹操と対立した蜀の史書のほうです。ページ数が少ないのがその証拠です。それなのに陳寿が、民間の感情を逆なでしないように核心を表現したのは驚異的な偉業だったと思います。

陳寿は政府に忖度して表面上は蜀を貶めながら、真実中の真実は伝わる暗号を織り込みながら史書を書いています。さらに司馬氏を称え、なおかつ魏を貶めず。本当に天才的な史家、舌を巻くバランス感覚です。(ただ裴松之がいなければ暗号解読は不可能でしたが)

 

まとめ。陳寿の暗号に学ぶ


陳寿が政府に忖度しながら必死で真実を伝えたことでも分かる通り。
中華は日本と違って昔から政府の圧力が強く残虐だったため、歴史家は常に命懸けです。
その代わり暗号に潜ませてでも真実を伝えたいという熱意は強くなったのでしょう。

現代C国のジャーナリズム(一般人のウェイボー・ウィキリークス投稿含む)も、その伝統を受け継ぎ、命懸けで暗号メッセージを伝えてきています。
外にいる我々は彼らの真なるメッセージを受け取るべきではないでしょうか。

権力そのものでしかない孔子学院によるプロパガンダを鵜呑みにし、洗脳されてはならないのです。奥から聞こえてくる民の声、決死のジャーナリストの声だけに耳を傾けるべきです。

東洋の人々の自由と人権が守られ、真実が語られる時代となりますように。
心からの祈りを籠めて本日は筆を置きます。

 

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