蜀同盟

蜀の民よ、集いたまえ。~諸葛亮中心の三国志話と、現代世俗話~

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蜀同盟(c)吉野圭

「諸葛亮はインテリヤクザ」?(笑) 倉山満と無知な日本人よ、敵を誤るな

相変わらず険悪な世間話ばかりで、本当に申し訳ない。
書きたいことが書けず寄り道ばかりしていることも反省です。

これはブックオフの立ち読みで目に留まった文があまりにも低レベルで恐怖を覚えたので、メモしておくもの。
世俗の話が大丈夫な方だけお読みください。

以下常体で敬称略。

 

 

低俗な民族ヘイト本

扶桑社新書で、『嘘だらけの日中近現代史 (2013年、倉山満著) 』という本が目に留まり手に取った。
近現代の日中関係について詳しく書かれているらしく、参考にしたいなと思ったのだが。

冒頭から唖然とした。
遥か古代の、孔子や劉邦、「諸葛孔明」を罵倒することから始まり、DNAを根拠とする民族ヘイトに終始している。

その血に対するヘイトの意識にまず吐き気を覚えた。
仮にDNAによる性質が何らかあるのだとしても、古代漢民族を現代中国人と完全に同じDNAを持つ同一人種と思い込んでいる点は無知で驚く。
さらに古代の漢文化を現代中国と完全に同じと考えていたり、「ヤクザ」の定義に至っては現代日本の893で理解していることにも失笑してしまう。古代「任侠」と現代日本の反社会的組織を完全同一で語るとは。

DNAが2000年以上も純粋に保たれることなど不可能だと、民俗学か生物学の先生方か誰か教えてやってくれ。
文化はなおさら。2000年以上、同一の地域で同一の文化が保たれることはあり得ない。
大陸人が極端な性向を持ち、善人と悪人の差が激しいことは確か。それはその土地の広さ、国力によるかもしれない。DNAのせいではあり得ない。何故ならDNAは時代を経て混ざり、変わるから。

真実を言えば、現代中国よりも現代日本のほうが遥かに2000年前の漢に近い文化を持つ。
もしかしたらDNAも日本のほうが古代漢民族の血が濃いかもしれない。
人間性(魂または思想)は言わずもがな、もはや完全に入れ替わっている。

(これはスピに関心がある人限定の話だが。
昔、漢に居た人々は周辺の国へ生まれ変わっているはず。特にこの日本に生まれている人は多いと思う。魂は文化が近い地域へ生まれ変わって緩やかに移動していく。同一の土地に生まれることはあまりない。民族ヘイトをしてはならないのは人として当たり前だが、このことによってもヘイトがいかにバカらしいことか分かるだろう)

博士号を持つ研究者が「一つ地域の思想文化・DNAは時代により変化する」という基礎も踏まえず、民族ヘイト本を出版しているとは驚きだ。
大丈夫か、日本の大学の博士課程??

インテリヤクザ(笑)って、何ですか?

第一章第三節、『インテリヤクザ 諸葛孔明の真実』についてのみ言及しておく。立ち読みの記憶であるため正確な引用ができないことは申し訳ない。

まず節タイトルに一言。
何が「真実」だ。史書を読んだこともないのによく言えるな。

私は諸葛亮に関して倉山満より詳しいらしい(笑)から断言できるが、この人の諸葛亮についての知識は子供向け『さんごくし』程度で、史実を一切学んでいない。ネットでさえ嘲笑され炎上してしまう無知な人が堂々と「真実を語る!」などと言い、知識人を装って商業本を出版するのは昨今の日本の痛ましい現状。出版社は何を考えているのだろう。

ちなみに倉山満が諸葛亮のことを「インテリヤクザ」と称しているのは、劉備がヤクザであり、その反社会的組織(?)に入った知識人が孔明だから、という空想によるらしい。
フィクション作品で劉備陣営を「日本のヤクザ」に見立てて表現するならまだしも、この人は本気で劉備陣営=日本・現代中国のヤクザ組織と思い込んでいるから痛々しい。

史実を述べれば、劉備は反社会的勢力の長ではない。わりと家格も良い。→劉備の家
「中卒から叩き上げでのしあがったヤクザのトップ」とイメージされるのはフィクションの影響。
中華では任侠風のキャラクターや、民衆出身の叩き上げキャラクターが人気となるからそのように描かれただけ。(人生は確かに叩き上げだし、性格も良い意味で任侠風であるが)
劉備を慕って集まった人々に浪人が多かったのは確かなので、フィクションにおいて任侠風に描くのは当たらずも遠からずなのだけど、現代日本で言うところの「反社会的勢力」、犯罪というシノギで稼いでいた者たちではない。

※倉山氏がどれだけ愚かな主張をしているのか、という証明: 劉備陣営は国家政府や政府に認められた知事などから報酬を得て生計を立てていた。だから、倉山満の定義を現代日本に置き換えるとすれば、「日本の公務員、準公務員はすべて反社会的勢力のヤクザで、税金というシノギを得て暮らしている」と言う意味不明な文になる。まあ現代日本においては公務員が893と言うのは本質的には正しい気もするが(笑)、少なくとも政府を反社会的勢力と呼ぶのは文章として意味不明だろう。

それに、古代中華における「任侠」は現代の「ヤクザ」とは本質が違う。少なくとも犯罪を目的とする組織ではない。

参考:古代中国における「任侠」は現代日本の「ヤクザ(暴力団)」ではない。倉山さん、少しは勉強してください。

中国での任侠の歴史は古く、中国春秋時代に生まれたとされ、情を施されれば命をかけて恩義を返すことにより義理を果たすという精神を重んじ、法で縛られることを嫌った者が任侠に走ったとされる。戦国四君は食客や任侠の徒を3千人雇って国を動かしたとして各国から評価され、四君の中でも特に義理堅い信陵君を慕っていた劉邦は、任侠の徒から皇帝にまで出世した。この任侠らを題材にしたのが『史記』の「遊侠列伝」である。登場人物の朱家は有名で、貧乏ながらも助命をすることが急務とし、そのことで礼を言われることを嫌っていたために名声が高かったという。以後、任侠は庶民の間で地位を得、権力者の脅威となったという。任侠に武術を取り込んだ『武侠小説』は現代でも人気が高い。

なお、『史記』「遊侠列伝」の著者である司馬遷は、「『仁侠』の志を知らずに彼らをヤクザやチンピラなどと勘違いして馬鹿にするが、それは悲しいことだ」と述べている。

中国は広大な面積と複数の言語や民族が存在するので、地方においては法の権威が及ばない、あるいは中央の監視が行き渡らないため人民が地方官僚の暴政に悩むという背景の中、任侠とは庶民の中にあり圧政や無法地帯の馬賊から庶民を守る正義の味方という側面があった。そこから、法に頼らない個人レベルとしての恩に対する義理や義兄弟の忠誠が強調され、賊であっても義賊であることも可能であった。
Wikipedia


諸葛亮について「インテリヤクザ(倉山定義で、暴力団893の意味)」と言うからには、学歴を持ちながらも血筋が悪いので就職できず、ヤクザ組織に拾ってもらったのだということになる。
だが史実は全く逆で血筋は良い。
高学歴の人が暴力団に入るのは可能でも、家柄の良い人はたとえ望んでも難しい(組織にとって危険だからである。組織が断る)。現代ですらそうなのだから古代中国ではなおさら不可能で有り得ない。
貴族の坊ちゃんがどう逆立ちすれば「暴力団員」になることが可能なのだろう?
何も知らないのに本を書かないで欲しい。せめて諸葛亮の出自が書かれている史書の冒頭くらい読め。

「孟獲を七度捕らえ、七度放した」に至っては、勝手な空想で「人を強制的に連れて来た(そして暴力で怯えさせ労働を強要した)」と述べている。そんな記録はないどころか「放した」と記録されているのだから捕虜も解放していることが読み取れないのか? 研究者なのに?

 

教養が欠如している日本人の見本

この冒頭にて、「これは駄目だ、読む時間が無駄。ヘイト意識を浴びて気色悪い想いをするだけ損」と悟ったので買うのをやめて本棚へ戻した。
近現代中国の施策へ注意喚起するという方向性は正しいのに、この程度の知識では有効な批判は不可能。むしろ日本の不利になる。

倉山氏は1973年生まれということで、基礎的な教養が欠如していることは仕方ないと思う。
恥ずかしながら、この世代はちょうど東洋的な教養が完全に失われた世代。
この人が孔子や「諸葛孔明」について語っているのも背伸びしているだけで、実は『三国志』の登場人物名など聴いたことすらなかったはずだ。
(かつての私がそうであったように)

酒見賢一や『はじ三』の左翼たちも同じかもしれないが、団塊の世代~団塊ジュニアが最も基礎教養が足りていない世代なのだろうな。(教養がないので、偏った思想に洗脳される)
情けない。
これほど無知で愚かな日本人が多くては、現代中国と戦えない。

 

DNAヘイトで武器を捨てるな

ネットのウヨの方々へ伝えたいのだけど、単純なヘイト意識で古代中国人まで巻き込んで誹謗中傷しないで欲しい。

敵は反転している。

孔子や諸葛亮、――いや少なくとも諸葛亮は現代中国と対抗するための盾となり得ると言うのに。どうしてそれが分からない?

どうして日本人は自分の味方を踏みにじり、自ら武器を捨てようとするのか。

民族ヘイトで、民族虐殺を推奨したいだけなら現代中国政府と同じだ。
そのような虐殺に対抗したのが現代日本に伝わる古典中国の登場人物たちだったというのに!
(だからこそ近代中国政府は諸葛亮を貶め、曹操を持ち上げる一大キャンペーンを繰り広げた。倉山満は近代史の専門家を名乗りながらそんなことも理解できないのか)

無知な日本人たちは、対抗すべき唯一の武器を踏みにじった。
せっかく味方をしようと思っていた諸葛亮もこれでは愛想をつかす。サヨウナラ、だな。
以下の賢い人たちを除いて。

真っ当なレビュー。下線部、拍手です/


口の悪い批評家さん
5つ星のうち1.0
著者の中国蔑視がわかってしまう(^_^;)サイテーな本。ただ…。
2014年11月16日
第一章を読んだだけで著者がいかに中国についてテキトーにしか勉強してないかがわかってしまう。“三国演義”みてぇな小説で孔明語ってんじゃねーよこの臭ぇインテリめm9(^Д^)プギャーwww。

…という著者への罵声はここまでにして、この本の内容について語らせていただく。この本はタイトルこそ“日中近現代史”であるが、内容は日本の対中国政策の誤りと中国側の恥知らずな主張(コイツらは自分のした悪事も他人に擦り付けるサイテーな奴らである)に対するまっとうな弁明である。悪党に弁解の余地はないなんて言う人がいるが、冤罪に対しても被疑者には弁解の余地はないんでしたっけ?本作を読めば、著者が決して戦前の日本を誉めてないのが解ります。サイテーなのは日本の上層部も同じってことか。
とにかく、著者の近代日本の政治に対する洞察力はホンモノである(大学の政治学の先生方の賢さのステータスがボストロール並なのと好対照)。著者が中国について政治にしか興味を示さないのもこのためか。そこは評価します。たとえ★1つだとしても。
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5つ星のうち1.0
この本こそが嘘だらけ
2014年6月21日
作者は、中国史を現在の少数民族の言葉から検証すべきと言っているが、結局元にしているのは漢字で書かれたもののようだ

それも正史を改悪したようなまともではない本を参照したのだろうか1ページに数個の誤りがみつかる。
間違い探しを楽しめるなら良いが、間違ってみこの本から学ぼうと思ってはならない


完全に無意味
5つ星のうち1.0
教養の退廃
2017年3月16日
倉山は日本近代史専攻ですが、いまの言論活動から見れば、その専攻以外の領域の知識は全く無いと思います。この本の中国史についていかに無学か言語道断ですが、せいぜい岡田英弘ぐらいとおもいます。
中国をいかに罵倒するのはいわば人の自由ですが、一応博士課程をやったことがあるから、もう過ごし勉強する方がいいじゃないか。専門の難しいものや古典はともかく、内藤湖南、宮崎市定や中公、講談社からでる一般教養書を過ごし真面目に勉強すればこんな馬鹿げなものを書かないと思います。
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TK
5つ星のうち1.0
本当に嘘だらけ!
2016年10月6日
著者が自ら最初に断っているように、この本も「嘘だらけ」!!本のサンプルを読んで分かったので、購入しなかった。本のタイトルは、注目を集めたりして、印税稼ぎにいい発案だ。
5人のお客様がこれが役に立ったと考えています


アーバン
5つ星のうち1.0
まさに嘘だらけの歴史観
2015年3月3日
書き込みを見て驚いたのですが、こんな歴史観を信じているB層がこんなにいることを思うとぞっとします
[...]
をみて少しは勉強してください。怖すぎます。
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モモじぃ
5つ星のうち1.0
☆ゼロ (だけど、ともかく☆をつけないと採用されないのネ)
2013年6月18日
割りきり明快な論法に引きつけられる人が多いのだろうと思うが、内容は赤提灯レベル。
【通説】を紹介してそれをコテンパンに叩くというスタイルになっているが、この【通説】の出典が全くあきらかでない。

どうやらマルクス史観と「日教組」に恨みがあるらしくて、【通説】はそういう人たちが云っているものとしたいらしい。
確かにいろいろと見解のある中から著者の嫌いな(そして批判しやすい)部分を拾ってくることはできるだろうのが、それを【通説】と云ってよいのだろうか?
そういうやり方をすること自体によって、著者の“お里”が知れる。叩きたいところに向かって吠えているのである。

歴史は直線的には流れない。その歴史の中に居た人たちも一意的・一方向的にに動いていたのではない。
悩んで、揺らいで・・・そしてこうなってしまった・・・のが歴史なのだ。
割り切ろうとしたら、それはなんらかのイデオロギーの依って為すところなのだ。
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※レビューが削除されたときのためにアーカイブ

補足 上の批判的書評について「左翼」と言っている人たちが多いのだが、「中国人への批判に同調しない者→左翼」と考えるのは単純過ぎる。マルクスへの共鳴を除き、私は逆と思う。少なくとも古代人への誹謗中傷は現代左翼が行っているもの。敵を誤るな。

最後に、素朴な疑問

ところで倉山さん、三国時代で「現代中国に似た所業」を例示したいなら董卓の残虐性や、曹操のジェノサイドを示すべきではないだろうか。董卓や曹操の行いは現代中国にそっくりだ。
その前の時代も、孔子ではなく始皇帝を引き合いに出せば現代中国を批判できなくもない。
それなのに曹操や始皇帝をスルーし、あえてそれに対立する諸葛亮や孔子を誹謗中傷したのは何の意図によるのだろうか。色々と疑いが出てくる。
まるで、始皇帝や曹操を崇める現代中国に忖度しているかのような態度……。これが、この人は本質的に左翼では?と書いた根拠。無意識なのか知らないがこの人は元々極左で後に鞍替えしたが、どうしてもマオが好きだから本来の思想が滲み出ているのかもしれない。

なお、私が思うに残虐性を持つ人が残虐性を発揮するのは民族DNAに根拠があるのではなく、殺戮を奨励する思想による。
(残虐性を持つ異常者はどのような地域にも生まれる。その者を冗長させて殺戮を可能にするのは社会構造、その社会を作る思想の脆弱性に要因がある)
敵はDNAではない、残虐な思想なのだ。
特に現代では隣の大陸が標榜している唯物思想、ファシズム思想が「残虐性」を表す本質だ。
近現代を「残虐性」という共通項で眺めれば、常にあの思想を持つ人々が中心にいることは明らかだろう。

 

〔2019/3/9筆〕

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