蜀同盟

蜀の民よ、集いたまえ。~諸葛亮中心の三国志話と、現代世俗話~

「蜀同盟」とは?このブログについて  お奨め記事一覧

蜀同盟(c)吉野圭

「孔明ファンは怖い」という噂 (と、益州攻略について少し)

〔この記事は2019/5/29筆。一見様にも分かりやすく改稿しました〕

 

情報喪失に備えたメモです。
それと個人的には、三国志オタ(オタは敬称です)が意外と凄いことを知り学ぼうという気持ちになっています。今さらですが。

 

奇妙な噂に違和感

まずは知恵袋で意外だった話から、

⇒諸葛亮ファンによる他人への攻撃が怖い、という話

諸葛亮ファンが他人を攻撃して怖い?
そんな光景は一度も見たことがないけど。

そもそも孔明ファン自体に私は遭遇したことが一度もないのだが。※

孔明ファンが本当に怖い人たちなら、真っ先に私が攻撃されていると思うのだけどそんなことは一度もなかった。


始めの頃は孔明ファンが怒ることを想定して怯えていた。
しかし今むしろ私のほうが怖がられているかもしれない……。たぶん関わったらヤバイ人物と思われているだろうな。触らぬ電波に祟りなし、などと思って遠巻きに見ているかもしれない。笑
いずれにしても蜀ファンは常識人が多い。知識も豊富なので、歴史ジャンル以外のことでも普通に話せる人が多い。
これは決してひいきして言っているわけではなく、三国志ファンではない者として眺めて把握した客観的事実。

 

いっぽう魏・曹操ファンのなかには暴力的な人がいるので一般の方はご注意を(もちろん全員ではないだろうが)。

『演義』より酷い妄想フィクション『蒼天航路』(と渡邉・柿沼の著書など孔子学院の教科書)の知識しかなく、まともに歴史の話もできない。自分たちの主張をがなり立てるだけで史実を眺め論理的解釈をするつもりは毛頭ない。主張内容は「演義はバカが信じる妄想だ、『蒼天航路』の曹操様だけが真実の歴史だ」のワンパターンのみ。『蒼天航路』こそ史上最悪な捏造フィクションなのだが、彼らは史書を一度も読んだことがないのでそんなことは知らない。

全く話ができないことではネトウヨの極端なタイプにも似ているが、魏ファンの正体は「極左」なのだと推測される。何故なら曹操崇拝はK党が推し進める政治工作ゆえに。

 

こちらも参照。ネット上の諸葛亮に対する暴力的な悪口書き込みは、孔明を「反日」シンボルとみなした在日・左翼による:

rtk3alliance.kslabo.work

極左団体に所属していないとしても、おそらく虐殺の王を崇拝する人は元から暴力的な性質を持つのだと思う。

暴力思想に惹かれる人は、自分の暴力欲求を許してくれる思想や団体へ引き寄せられる。この人たちを差別しなくても良いから警戒はして欲しい。

 

※私は小説・マンガ・ゲームなどのフィクションから入った、一般的な三国志ファンではない。『演義』系その他フィクションの知識は、ほぼない(フィクション設定は解説書やネットの話でおぼろげに知っている程度)。

だから三国志ファンの方々とは話ができず交流したことがなかった。また私自身、なるべく三国志から離れて暮らしたかったので、2018年頃まではネットの書き込みも一切見ないようにしていた。

私は外部の者として三国志ジャンルから外へ出てきた人を見かけるだけだったのだけど、それでも「魏ファンは暴力的で危険」「蜀ファンは普通」ということが実感として分かった。私も実害を被っている。(それだけ魏ファンは現に外で迷惑行為をしているということ。ネオナチやウヨサヨと違って属性を名乗らないので世間の人には気付かれていないだけ)
ところで「呉ファン」は女性が多い? …ごめん呉の界隈のことはよく分からない。少なくとも呉ファンが悪さをしているところはあまり見かけないかな。

 

質問メモ

上の知恵袋質問から引用していく。

「孔明ファン怖い」とはよく読んだら、現代の諸葛亮ファンではなく古代中国人の評価について語っているものらしい。

faf********さん 2016/9/2221:46:29
今日、渡辺精一氏著の、諸葛亮と、後世の彼の評価(唐、宋、明くらいの知識人の評価を中心として)についてを題材とした書籍を読みました。感想として、諸葛亮は、後世の人から多くの賞賛を受けていたんだな、と改めて認識すると同時に、諸葛亮ファンの怖さ(?)を知りました。「劉備がダメだったから諸葛亮は負けた」、「魏延の長安急襲は成功するはずがない。諸葛亮は全て正しい」、「陳寿は、私怨でわざと諸葛亮を悪く書いた」など、諸葛亮を正当化するためのいろいろな意見が見られました。また、吉川英治氏も、陳寿の私怨による諸葛亮sage説を支持していました。皆さんは、これらの説は正しいと思いますか?

「劉備がダメだったから諸葛亮は負けた」
それは酷いな。どういう論理で? そういうことを言われたら諸葛亮が一番怒りますよ。

「陳寿は、私怨でわざと諸葛亮を悪く書いた」
この歴史事実は私も知っているが、本当に酷いよな。陳寿は正当な評価をしただけなのに。気の毒な陳寿。
正当な意見を述べて何が悪い。
(ただそれを拡大解釈して「諸葛亮は無能だった」と喜んで言いふらしているアンチは異常で気色悪い。筋の通らない低知能丸出しの議論だけはやめて欲しい、その頭の悪さ・心の汚さに吐き気がするから)

他は→ここに挙げた諸葛亮評のことだよね。
確かに袁子や洪邁なども、こじつけが多くてひどかったな。
かばってるつもりかもしれないが無理があり過ぎてフォローになっていないからね、全然。逆に貶めている。

もっとも評価者の皆さん歴史家や作家なのであり軍事素人だから仕方ないと思うが。
そもそも素人たちがあたかも専門家であるような顔をして軍事について解説するのがどうかと
どうしても語りたければ、軍事の知識をもう少し学んでから言ってくれ……と脱力して思う。
(これこそ東洋の欠陥。軍事について素人が無知なまま語ることが許された故に、軍事知識が低下し西洋に凌辱されたのだろう)

 

回答は秀逸

再び「東洋の軍事オンチぶりが嘆かわしい」という説教になってしまった。申し訳ない。

しかし現代の歴オタ、知恵民たちの回答は優秀。
彼らも軍事素人であるはずなのにいったい何故……。凄いな君たち。

dmj********さん 2016/9/2415:52:56

申し訳ないがそれは絶対にない。諸葛亮集を出したり部下では諸葛亮と陸遜だけ単独の伝にしたり上奏文まで書いてある所から見ても陳寿が尊敬してるのは明白、そもそも何故私怨?陳寿の父は馬謖との連座で処刑されたと書いてあるのは嘘の多い晋書だし本当だとしても諸葛亮の評に法を正しく扱ってたなんて書くはずがない。
ただ魏延の長安強襲否定は俺も異存はない。(成功したとしてもその後がきついのが理由だが)

>(私怨があったら)諸葛亮の評に法を正しく扱ってたなんて書くはずがない


論理的で正しい。陳寿が彼を怨んでいたならそんなことは書かないだろう。

>魏延の長安強襲否定は俺も異存はない。


まあ戦術的にもそうだし、裏の事情(任せるべきではない)もあった。はず。
魏延のことは重要な武将として尊重していても任せられない事情もあったな。

 

lor********さん 2016/9/2913:58:08

陳寿の言う奇策だけは得意でなかった、という文言ですかね。私はあれも賛辞だと思いますよ。敢えて言うなら、、ぐらいのことだと思います。すごい人を見て、敢えてここがな〜とか言う人いるじゃないですか、あれと一緒ですよ。
そもそも、魏の変事なくして北伐は無理なので、諸葛亮の目的はハナから防衛です。
諸葛亮の思惑は存命中は達成できたわけです。唯一意図から外れたのは、荊州失陥でしょうね。
なので諸葛亮を咎める部分はないと思います。

>諸葛亮の目的はハナから防衛です。


その通りだね。(だと思う)

 

hur********さん 2016/9/2223:48:32

諸葛亮伝を真っ当に読めば、陳寿が諸葛亮を敬愛していたことは明らかなはずなのに、
肥大化した諸葛亮像が先立って、「陳寿は諸葛亮を怨んでいた」とか言い始めるバカな歴史家たちには、閉口ものですよね。

「諸葛亮の天下三分の計は素晴らしい!」と言っておきながら、「劉備が非道な益州攻めをしたのは、諸葛亮がそれを知らなかったからだ」とか言い出したりね。
荊州を強奪し益州を攻め取れってのが天才三分の計じゃないのかよと。

このように盲目的な諸葛亮信者が、贔屓の引き倒しによって、諸葛亮を持ち上げるつもりで結果的に貶めてしまっている例は、既に正史三国志の注釈の段階で山ほど見られます。
裴松之を筆頭に、習鑿歯に郭沖に袁子に張儼…。

陳寿の本文と裴松之の注釈を切り分けて読む、というのは中々難しいですが、
やはり陳寿の本文を最も尊重すべきであって、後世の歴史家の勝手な見解を無意識に取り入れてしまわないように私も気を付けたいと思っています。

>「諸葛亮の天下三分の計は素晴らしい!」と言っておきながら、「劉備が非道な益州攻めをしたのは、諸葛亮がそれを知らなかったからだ」とか言い出したりね。
>荊州を強奪し益州を攻め取れってのが天才三分の計じゃないのかよと。

ここは鋭くて驚いたな、こういう矛盾したことを言うファンがいたこと自体も衝撃だが。

益州攻め(天下三分計)と諸葛亮の普段の人格は異なることに気付いている人がいる、ことに驚きだ。
意外とそのファンは異常なわけではなくて他人の本性を見抜く直観が鋭いだけかもよ。

まず益州攻略が「非道」かどうか、ということから考えなければならないのだが。
基本として陳寿本文に重きを置くのは正しい。でも眉に唾を付けなければならない箇所もある。
(陳寿本文を全否定してフィクションを捏造する渡邊義浩のような妄想家になってはならない)

どうやらファンの方々にとって「天下三分計」はよほど大事なものであるらしいので、私も無闇なことは言えなくなって「考え直す」と言ったものの。
もしあれを諸葛亮が若い頃に計画していたとすれば、晩年の行軍との人格に一貫性がなくなってしまう。

私は個人的に、もし彼が自分と似た道義心に縛られるタイプであれば若い頃そんなことを考えないだろうと確信しているだけなのだが。
劉備の耳に「奪ってしまえ」と度々囁く諸葛亮は、最初に史書を読んだ時点から私には違和感があり過ぎた。

とは言え後に全ての戦略を担当しているのだから長期戦略としてどこかの時点で固めた可能性はある。でも益州戦の結果は偶然(ではなく、はっきり言えば劉備の人格)によるところが大きい/劉備が人の土地を強奪するタイプだったという意味ではない。でも癇癪持ちという重大な欠点があった。

そもそも諸葛亮が、あんな危険な作戦を地上で最も大切な人に言い渡すはずがないだろうに、ファンは気付かない?

続きはまたいずれ書きます。

バナーはこちらです。DL・適当にリサイズしてお使いください。
f:id:yoshino-kei:20190722074012p:plain