蜀同盟

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蜀同盟(c)吉野圭

「偉大なる平凡人」という救いの言葉 吉川英治『諸葛菜』解説記事を読んで

昨夜引用したツイートのなかでリンクされていた記事、

『吉川英治『三国志』~「偉大なる平凡人」孔明』

を読み、改めて吉川英治の言葉を思い返していた。

 

吉川英治の評伝『諸葛菜』にはプライベートブログのほうでも触れたことがあるのだけど、一般向け解説+下記事の感想として書いてみる。

(作家の敬称略)

 

gendai.ismedia.jp

 

吉川『三国志』本編は断念、評伝のみ読んだこと

前も書いた通り幼い頃の私は「褒められ過ぎて恐怖を覚え、自己否定・自虐し続ける」インポスター症候群という病的な心理症状を抱えていた。

消えたい、逃れたいという衝動が消えずに十代の頃は自殺さえも考えた。

経緯:

rtk3alliance.kslabo.work

 

そんな折に“発見”したのが諸葛亮の記録で、過剰に持ち上げられ追い詰められていく彼の人生に私は自己の恐怖を見たのだった。

 

学びのためフィクションの金字塔とされている吉川英治『三国志』を読もうとしたのだけど、想像以上に違和感があって私には無理だった……。

冒頭から劉備の個性が私にはしっくり来なかったし、時代背景も設定も全てが違和感だらけ。

(ファンの方々には申し訳ない。決して『三国志』をディスっているわけではない。私だけ特別な事情によるので気にしないでください)

せめて途中の諸葛亮が登場するあたりから読もうと再チャレンジしようとするも、天才風に描かれている孔明のキャラクター設定がなおさら無理。インポスター症状を刺激されて悪化しかねないので断念した。

あれでも吉川三国志は現代化されていて人間らしさがあり、古典『演義』の諸葛亮はもっと酷く怪しい魔術師として描かれているというのだから驚く。

 

以降、フィクションはほとんど読んでいない。※

だから私の『演義』知識は解説書で読んだり、ネットを通じて得る情報をパズルのピースのように組み合わせたものだ。

「姜維を謀略にかけてハンティングした」

「魏延を焼き殺そうとした」

等々の低次元なフィクションは本気で知らなかった。ネット書き込みにて知ったときには心底驚き呆れた。(アンチはこれらフィクションを史実だと本気で信じて悪口を書き込んでいるから頭がおかしく見える)

 

※私が唯一読めた三国志創作は諏訪緑『時の地平線』。設定が近現代のように現実的だったし、主人公の性格設定にも不思議と違和感がなかったため。

 

【余談】#三国志演義被害者の会というツイートタグがあるらしい。最大の被害者は諸葛亮だろう、どう考えても。

 

しかしそんなフィクションアレルギーを持つ私が生まれて初めて救われたのは、やはり吉川英治の言葉だった。

『三国志』本編読破を断念した後に読んだ、『諸葛菜』。

 

 

 「平凡人」という言葉に打たれ救われる

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 ※画像:Wikipediaオオアラセイトウ(諸葛菜)より

 

以下、青空文庫パブリックドメイン『諸葛菜』より少し長めに引用。

吉川氏の原文で「孔明」と書かれているところ「諸葛亮」へ変更します(中国語へ自動翻訳できないようなので)

 ひと口にいえば、三国志は曹操に始まって諸葛亮に終る二大英傑の成敗争奪の跡を叙したものというもさしつかえない。
 この二人を文芸的に観るならば、曹操は詩人であり、諸葛亮は文豪といえると思う。
 痴や、愚や、狂に近い性格的欠点をも多分に持っている英雄として、人間的なおもしろさは、遥かに、諸葛亮以上なものがある曹操も、後世久しく人の敬仰をうくることにおいては、到底、諸葛亮に及ばない。
 千余年の久しい時の流れは、必然、現実上の両者の勝敗ばかりでなく、その永久的生命の価値をもあきらかに、曹操の名を遥かに、諸葛亮の下に置いてしまった。
 時代の判定以上な判定はこの地上においてはない。
 ところで、諸葛亮という人格を、あらゆる角度から観ると、一体、どこに彼の真があるのか、あまり縹渺として、ちょっと捕捉できないものがある。
 軍略家、武将としてみれば、実にそこに真の諸葛亮がある気がするし、また、政治家として彼を考えると、むしろそのほうに彼の神髄はあるのではないかという気もする。
 思想家ともいえるし、道徳家ともいえる。文豪といえば文豪というもいささかもさしつかえない。
 もちろん彼も人間である以上その性格的短所はいくらでも挙げられようが、――それらの八面玲瓏ともいえる多能、いわゆる劉備が敬愛おかなかった大才というものはちょっとこの東洋の古今にかけても類のすくない良元帥であったといえよう。

 とはいえ、彼は決して、いわゆる聖人型の人間ではない。孔孟の学問を基本としていたことはうかがわれるが、その真面目はむしろ忠誠一図な平凡人というところにあった。

 良元帥。まさに、以上の諸能を一将の身にそなえた諸葛亮こそ、そう呼ぶにふさわしい者であり、また、真の良元帥とは、そうした大器でなくてはと思われる。


 彼がいかに平凡を愛したかは、その簡素な生活にも見ることができる。
 諸葛亮がかつて、後主劉禅へささげた表の中にも、日頃の生活態度を、こう述べている。
――成都ニ桑百株、薄田十五頃アリ。
子弟ノ衣食、自ラ余饒アリ。臣ニ至リテハ、外ニ任アリ。別ノ調度ナク、身ニ随ウノ衣食、悉ク官ニ仰ゲリ。別ニ生ヲ治メテ以テ尺寸ヲ長ズルナシ。モシ臣死スルノ日ハ、内ニ余帛アリ、外ニ贏財アラシメテ、以テ、陛下ニ背カザル也。
 枢要な国務に参与する者の心構えの一つとして、諸葛亮はこれを生活にも実践したものであろう。後漢以来、武臣銭を愛すの弊風は三国おのおのの内にも跡を絶たなかったものにちがいない。
 無私忠純の亀鑑を示そうとした彼の気もちは表の辞句以外にもよくあらわれている。
 彼は清廉であるとともに、正直である。兵を用いるや神算鬼謀、敵をあざむくや表裏不測でありながら、軍を離れて、その人間を観るときは、実に、愚ともいえるほど正直な道をまっすぐに歩いた人であった。

…(略)…

 だが、ここでもう一言、私見をゆるしてもらえるなら、私はやはりこう云いたい。仲達は天下の奇才だ、といったが、私は、偉大なる平凡人と称えたいのである。諸葛亮ほど正直な人は少ない。律義実直である。決して、孔子孟子のような聖賢の円満人でもなければ、奇矯なる快男児でもない。ただその平凡が世に多い平凡とちがって非常に大きいのである。

 

はじめて読んだ時、太字の箇所に泣いた。

特に「愚ともいえるほど正直な道をまっすぐに歩いた」「偉大なる平凡人」の箇所。

 

>八面玲瓏

>兵を用いるや神算鬼謀、敵をあざむくや表裏不測

と仰るのはまだ少し『演義』に引きずられているなと思うが、「愚」という言葉を諸葛亮へ使ったのはこの人が初めてではないか。

 

諸葛亮を貶める工作をしているアンチですら「無能」とは言うが「愚」と呼ばず、「マキャベリズムな悪人で民を虐げた」という捏造話をばらまいている。

しかし吉川英治は諸葛亮をはっきり「愚」「平凡」と呼んだ。しかも愛ある「愚」「平凡」だ。

それは遥か遠い過去の歴史人物を、対等な人間として見ているという証だ。

 

人は誰も、人の世界に生まれたなら人間扱いをされたいと望む。

「自由」「平等」などの人権を叫ぶのも「普通の人間として生きたい」と望むから。不当に差別されて虐げられ、人間扱いされないことに苦しんで差別撤廃を叫ぶのだろう。

反対も同じことだ。

蔑まれ貶められることと、過剰に褒められることは結果として同じ。

高みに祭り上げられた人は孤独の極みに閉じこめられている。現実の自分を誰も見てくれず人間扱いもされず、息も絶え絶えとなる。その状態は差別で虐げられ死にかけている人といったい何が違うのだろうか?

 

吉川英治の「愚」そして「平凡人」という言葉に含まれた人間愛は、インポスター症候群で孤独の氷に閉じこめられていた私を救った。

きっと時空を超えて過去の諸葛亮も救われたことだろう。

 

吉川『三国志』の原典

冒頭の記事によれば、吉川『三国志』の評伝には原典があるらしい。

実はこの「偉大なる平凡人」というフレーズは、白河鯉洋『諸葛孔明』の小見出しとしても使われています。

白河『諸葛孔明』の「偉大なる平凡人」では、孔明は尋常平凡でありながら普通人と大小において差があるとします。孔明が謹慎・忠誠・儉素の三つを行ったとして、この三つがあれば十分ながら、それを備える者は少ないことから、孔明を最も偉大なる平凡人だと結論付けています。

吉川が『三国志』の末尾に置いた「偉大なる平凡人」だという孔明像は、白河『諸葛孔明』の記述に近く、その主張を簡単に紹介したものとも言えます。

 

三国志ファンの方は読むと面白いかもしれない。

私も、余裕があったら資料として読んでみたい。(またフィクションアレルギーが出て断念する可能性は高いが)

 

なお私は個人的に、吉川英治が諸葛亮を「平凡人」と考えたことの最も強い裏付けとなったのは、冒頭記事にも引用されている桓温の逸話ではないかと思う。

冒頭記事よりの再引用。

 

蜀が魏に亡ぼされ、後また、その魏を征して桓温が成都に入った時代のことである。その頃、まだ百余歳の高齢を保って、劉禅帝時代の世の中を知っていた一老翁があった。

桓温は、老翁をよんで、
「おまえは、百余歳になるというが、そんな齢なら、諸葛孔明が生きていた頃を知っているわけだ。あの人を見たことがあるか」と、たずねた。
老翁は、誇るが如く答えた。

「はい、はい。ありますとも、わたくしがまだ若年の小吏の頃でしたが、よく覚えておりまする」
「そうか。では問うが、孔明というのは、いったいどんなふうな人だったな」
「さあ? ……」

訊かれると、老翁は困ったような顔をしているので、桓温が、同時代から現在までの英傑や偉人の名をいろいろ持ち出して、
「たとえば……誰みたいの人物か。誰と比較したら似ていると思うか」と、かさねて問うた。

すると、老翁は、
「わたくしの覚えている諸葛丞相は、べつだん誰ともちがった所はございません。けれども今、あなた様のいらっしゃる左右に見える大将方のように、そんなにお偉くは見えませんでした。ただ、丞相がおなくなりになってから後は、何となく、あんなお方はもうこの世にはいない気がするだけでございます」
と、いったということである。

 

私はこの話を「諸葛亮、オーラがないと言われた伝」と呼んでいるのだが。笑

老翁の年齢や状況にフィクションはあるだろう。でも回答された話は完全に史実だと思う。実際に亮の生前に彼を見たことがある人の回答だと考えられる。

 

ここで老翁の言う

「偉そうでもなく、凄くもない。でも何となく他にいない」

 は、「偉大なる平凡人」との言葉に等しい。

能力が突出していたなどの称賛では決してなく、漠然とした人格に対する印象だと解釈できる。見た目の凄さや能力への称賛を排除した人格への印象だからこそ、むしろ高度な人間愛を感じて感動する。

 

老翁の言葉に触れたとき私は、できれば自分も今ここで

「偉そうでもなく 凄くもない オンリーワン」

になりたいと思った。

孔明とは正反対に有名でもなく、行動もしておらず世間の片隅で語ってばかりの筆者だが。

 

きっとそれぞれの時代、それぞれの状況のなかで、心のまま自分を信じて生きることで真なるオンリーワンになれるのだと信じている。

 

 

――冒頭記事の中の、他テーマについてはまた機会があれば書く。他記事も気になるので後で読むつもり。

 

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