【饅頭を発明した伝説】諸葛亮は伝統絶対主義者ではなかった


ツイートからもう一つ転載。
前記事とはジャンルが違う話なので分けた。


私が伝統派? 意外なイメージだね

最近、Twitterの中華界隈で「伝統を大事にしろ。文化破壊やめろ!」的な発言をしているため、過激な伝統保守派(笑)と決めつけられ除け者となっている筆者。

それと「文化決定論者」呼ばわりもあった。

意外な評価。

子供の頃から非伝統派(反伝統というわけではない。上からのルールに興味がないだけ)、理由のないルールは平気で無視をして反逆者扱いされることが多かった※、マイペースな私が伝統派!!

※大人しく真面目だったので概ね優等生に見られたのだけど、無条件にルールへ従うことは無かった。そんな本性を知っている人からは反逆的(奇抜さを装っている?等)に見られた

私自身は変わっていないつもりだし、文化大革命の悲劇とその後の人間性破壊を繰り返さないよう、「生命線となる民族文化は大事。破壊するな」と言っているだけなのだが。
自分は変わらないのに周りから押し付けられるイメージだけが変わっていく。

皆さん表面しか見ず、適当なラベルを貼って分類するから嫌だ。


諸葛亮が伝統派? それも意外だなあ

そう言えば、諸葛亮も伝統そのものだと思われているのだった。
それどころか、儒教原理主義のシンボルとなっているという意外な展開。

裏側を知る人たちなら爆笑!
保守派を無視して為民主義を貫いたために、あれだけ「反逆者」扱いされたのになあ。
全く。イメージとは勝手なものだ。

そんな話に関連するかもしれない件。

饅頭発明の伝説を聞いた時、ものすごく「諸葛亮らしい話」と思った。
もしかしたら実話ではないかと考えてしまうほど。

もちろん、“饅頭を供えたら洪水が鎮まった”との魔法使いエピソードは嘘だろう。
これは悪しき風習に囚われた人たちをなだめる方便。
洪水は数日待てば鎮まるもの。
だからたくさんの饅頭を作らせて供えて祈祷させる、その数日間のうちに自然に河の水位が下がって渡れるようになったというだけのことだ。

もし、諸葛亮がこういう知恵を働かせて悪しき風習をやめさせたのだとしたら、いつになく洒落が利いていて良かったと思う。

おそらく不器用で性急な諸葛亮のことだから、始めはただ
「生贄で人を殺すなんて最低だ。そういう非合理で悪い風習はやめなさい」
と言うだけだっただろう。
でも、現地の人たちからの抵抗があまりにも凄まじかったので、仕方なく上のアイディアを考えた……という経緯だったかもしれない。目に浮かぶ。


非伝統主義、合理なだけですが

どちらにしても、饅頭発明エピソードを聞いたときに私が「いかにもアイツらしい」と思った理由は、悪しき風習をやめさせようとする
非伝統主義
の態度だ。

社会にとって有益で合理的であれば、善き伝統風習を守るべきと思う。
でも有害で非合理な伝統風習は、こだわらずに改善していく。

――これのどこが「伝統原理主義者」なのだろうか? ?


私も同じ。
無条件にルールや伝統に従うことは絶対ない
その代わり民族の生命と言える、善悪基準を養う道徳などの良い伝統は守るべきと思っている。
(中華で言えば、儒教・道教・仏教のこと。それぞれ悪いところもあるのでそこは改善)

 要するに、一つ一つ精査して良い文化は残すか復活すべし、と言っている。

どうして皆さん、「伝統を守る」か「徹底的に破壊する」かの二択しか頭に浮かばないのだ? 

馬鹿なの? ねえ、みんな、馬鹿なの?

(最後は失敬。ひろゆき氏から拝借)


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