戦争オンチが行き過ぎて劣化する日本。外国は何故、ウイルス対策を“戦争”と呼ぶのか?

キーボード上の兵士たち


昨夜Tumblrでメモした件、転載。
『Mr.サンデー発 今こそニッポン変えませんか?』
この番組を観ていると今の日本国の縮図と感じる。
落合陽一氏が常に全体を見て本質的なことを言っているのだが、異次元過ぎて誰も理解できずスルーされている。悲惨。(ただし、「現状では政府の政策が成功したか失敗したか言えるはずがない、今の対話には主語がない」と言うのは正しくても、具体的な方策を述べていないので役には立たない)

現実ベースで最も的確なことを言っていたのは田中修治氏、「はじめは未知のウイルスだったが今はもう(どのように感染するか)エビデンス・データが上がっているはずなので、業種ごとに対処法のガイドラインを出して開業させ経済を回していくべきだ」と具体的な方策を訴えていた。完全同意。
現実的な意味で最も頭がいいのはこの人、的確に目の前のことに対処できそう。彼がリーダーだったら経済を殺さずに感染症もうまく抑え込めるだろう。

ひろゆき氏が最近まともな考え方をしていてどうした??と思ってしまう。いつから人の命を大切に思う人になった? あんなに大量の自殺者を出して楽しそうに笑っていたのに。
それはともかく…彼は外国にいるから、フランス人のような合理的な考えで提案できるようだけど、あまり日本の現実を見ていないなと思った。
日本で感染しているのは貧困層というわけではない。テレワークが可能な人は確かに富裕層だけだし、パチンコに通っている人たちが感染リスク高いのは確かだが、日本の感染者数に貧富の要素が絶対的な関わりを持つとは思えない。(つまり貧困層に10万円を配っても解決しない。その人たちは10万円を握りしめパチンコに行ってしまうので逆効果だ)日本はスラム街のある国とはかなり違う。

太田氏と橋下氏は論外。でも、いちばん声が大きいからやっかい。
“新コロ安心安全。みんな騒ぎ過ぎ~”(太田)
“PCR検査するな! 検査・治療反対!”(橋下)
と言い続けた二人が案の定、過去を無かったことにして意見を変え「始めから自分たちはコロナ心配してました」風な話をあれこれ喋っているのだが、その場その場で思いついた適当なことを言っているだけだ。
今まで世論に流されて少しずつ態度と意見を変えてきたように。つまり太田氏と橋下氏は何も考えていない。相変わらず。
(橋下氏は検査・治療に反対していたにも関わらず、自分は少し調子が悪いだけで36度の熱でPCR検査を受け、何故か回復した。それなのにまだ「全国民が感染して何割かの弱い奴は死ねばいいだけ」と言っている。自分のような上級国民だけアビガンを飲んで、下級国民は死ねという意味なのだろう)

それで結局、この種の何も考えない人たちがワーワー本筋からずれた話で場をかき乱すので、的確な意見がかき消されてしまう。
日本社会は上から下まで常にこんな感じだ。整理整頓ができない。できる人がリーダーになっていない。
このように人の命が掛かった緊急時さえ、お遊びの学級会レベルの話で騒いで満足。何もしないオママゴト。だからいっこうに先に進まず解決せず、人が大量に死に続ける。パンデミックでも戦争でも。
そしてトップが謝るでもなくまた“がんばろうニッポン”などと言ってごまかすのだ。

太平洋戦争時の大本営ってこんな感じだったのだろうなと思う。おそらくずっと変わっていない。
世俗の話、出張所より
まとめると、今回の件で日本国の実力が根底から丸見えになったということ。
私は以前から気付いていたが、正直まさかここまで酷いとは思わなかった。今の政治家たちはお子様以下だ。おそらく現実の小学生が国家運営したほうがもう少し人の命が救われると思う。

問題なのは私のような一国民が失望するだけにとどまらず、この件で“日本は無能なママゴト国家”ということを世界中に知らしめてしまったことだ。
ハッキングされたのと同じくらい軍事的な実力情報がダダ洩れ。
中国など日本を侵略しようとしている敵対国家は勝ったも同然だと、今ごろ祝杯を上げていることだろう。

外国は何故、ウイルス対策を“戦争”と呼ぶのか?

私もここで「太平洋戦争時の大本営ってこんな感じだったのだろうなと思う」と書いているが、外国では新型コロナの対策を「戦争」と喩えることが多い。
何故ならウイルス対策の基本は軍事と同じだからだ。
  • 事実データに基づく迅速な判断が必要(敵が攻撃して来ている現実があるので、素早く敵の分析をして防衛手段を構築、できることから迅速に行っていく)
  • 現実に沿った行動原則を守る(予算と人員の面から実現不可能な計画は立てない)
  • 最悪想定をしておき、最善の行動を選択する
  • 目的は国民の命を守ること(人命第一)
戦争もウイルス対策も、“国民の命を守る”ということが目的であるので、何よりもまず国民の命をできる限り救うことを最優先に考えなければならない。
だからこそ外国では一時的に経済を犠牲にして強固なロックダウンを行った。
そして国家は税金を補償に使った。全国民へお金を渡し、最低限ぎりぎりのところで経済を守っている。

命と経済のバランスが重要。そのため最重要となるのが事実データだ。
事実データが無ければ始まらない。データをもとに完全に合理的な考えによって計算しなければ、「国民国家が生きられるギリギリの線」というラインをはじき出すことができない。(実際、計算するのは経済学者だが。トップはそれら適切な専門家たちへ計算を依頼しなければならない)

これらのことは全て戦時も同じ。
だからこういったウイルス対策や災害対策などの緊急時にはその国の軍事能力、リーダーの軍事センスが如実に現れると言える。

過剰な戦争アレルギーで国民を危機へ追いやる“有識者”たち

この通り外国ではウイルス対策が軍事と共通項が多いことは自明のこと。
思考法も指揮系統も、軍事と同じシステムで対応すれば最もスムーズに行くことは当たり前。

ところが日本のメディアでは有識者を名乗るコメンテーターたちが
「外国でコロナ対策を“戦争”と喩えているが、ああいうの良くない! 日本人は絶対にウイルス対策を“戦争”と呼ばないよう注意しないと」
とか
「“ウイルスとの戦い”と、戦い等という言葉を使うこと自体がやってはいけないこと。こういう表現が戦争へ向かわせ、憲法改正議論を巻き起こさせるのだから」
などと騒いでいる。
どれだけ重症な戦争アレルギーなのだ、言葉だけに脊髄反射してしまうとは? いや重症な無知か?
もし日本を滅ぼすための工作ではなく本気で無知なだけなら、非常に情けなく恥ずかしいことだと思う。

今、世界へウイルスをばら撒いた中国は各国の対応をじっと眺めて分析しているだろう。
世界の軍事力を分析するためにウイルスを撒いたと思ってもおかしくはない。それだけ今回の各国対応の比較は、軍事に役立つデータとなるはず。
こんな時に日本のコメンテーターたちは戦争オンチの無知を世界へ発信すべきではない。
日本へ軍隊を動かすための有益な理由を敵へ与えてしまうことになる。コメンテーターたちの無知は日本国民を危険に晒す。


本来、「戦争」という言葉は戦場で殺し合うことだけを意味するものではない。現実に防疫は軍事に属する。
最も広義では平時における国を守るための防衛行動も全て「戦争」に含めることができる。

確かに「戦争」を言い訳に戒厳令を可能とする憲法改正など、国家が危険な方向へ傾くことはあると思う。日本は特に。それは戦争への間違った理解と行き過ぎたアレルギーがあるからだ。
アレルギーがあるからこそ暴走する。
そのため普段から冷静に「戦争とは何か」の意味を正しく理解しておかなければならないし、平時に防衛の法的準備も整えておく必要がある。


日本は戦争オンチが行き過ぎ、劣化している

今回のウイルス・パンデミックで日本は相変わらず太平洋戦争時から成長が無いこと、いや当時よりもさらに劣化しているのだということを世界に知らしめてしまった。

【日本の欠陥:太平洋戦争時と今回の共通点】
  • 隠蔽癖(事実データを集めようともしない、故意に事実を隠す)
  • 非合理(事実に基づいた判断をせず、妄想的で裏付けの何もない予測だけにしがみつく)
  • 悪しき楽観主義(根拠なく「だいじょうぶ」「勝利する」と皆が叫び続ける。悲観的な話は見たくない、聞きたくないから悲観データや批判意見は国民の多数派が暴力を使って叩き潰す。現実を変える努力は何もしないが、神頼みだけは何故か徹底する)
  • リーダーシップをとる者が誰もいない(国民は全員でワイワイ騒いで満足。誰が誰の意見で動くのか統一していない。リーダー不在、誰も責任を取らない)
なんか障碍あるのか?と尋ねたくなる頭のおかしさを露呈している。
どうも緊急時になるとこのような人格障碍者たちがどこからか湧いてきて大勢を占めることになっているらしいな、この国は。

いっぽうで今回コロナの件では、大阪府・北海道・和歌山県・神奈川県などの知事たちのリーダーシップが際立っていて素晴らしく思う。
また独自にドライブスルー検査を整えた医師会や、現場で戦う医療従事者たちや介護従事者たち、薬品開発の科学者たちも。皆で助け合い、マスクを作ったり手洗い頑張る一般国民も素晴らしい。
国家が何もしないので命を守るために草の根で活動し、ウイルスへ立ち向かう人々の姿が涙ぐましく感動する。
本来、国家のトップがあの自治体の長たちのように采配しなければならないというのに、政府はひたすら優秀な人たちの邪魔をしてばかりだ。
今、ネトサポたちが「日本は死者数が少ない。これは安倍政権の対策が成功したから!!」などとまた頭のおかしいプロパガンダを吹聴している。非常に腹立たしく気持ち悪い。政府(厚労省)は医療封じの妨害しかしていないではないか。優秀で清潔好きな一般国民のおかげでかろうじて感染が抑えられているだけだ。

現実これほどにも日本には優秀な人たちが大勢いる。
おそらく世界でナンバーワンとも言える優れたポテンシャルを持つ国民性なのに、いったいなぜ、国家全体では世界最低の愚かしい行動しかとれないのだろうか。

思うにこの日本社会のシステム的欠陥も、広い意味での「戦争オンチ」、軍事が苦手過ぎることに要因があるのではないだろうか?

いつも書いているが、長いこと日本で「戦争」は
“お殿様が戦場で軍配を振り、兵士がチャンバラして(一度の決戦で)勝敗が決まる”
ものだとイメージされてきた。
だから「戦争が起きたら現場で何とかなる」と思っていて平時に何も準備しない。
緊急時には“バカ殿”が軍配を振り「食べ物もないけど骨になっても戦って」と実現不可能なことを命じる。無茶苦茶だ。それでも敗けたら全て兵士のせい、トップは責任を取らない。

そもそも山の上から軍配を振れば全ての兵士が目視できると思い込んでいるので、命令を伝達する指揮系統すら整えておかない。現実に伝わるかどうかは無視。「とにかく軍配を振れば命令が伝わるものだ」というファンタジー的妄想しか持たないから、現代に至っても未だに紙ベースで処理し、FAXで送信して世界中にバカにされている。人の命がかかった検査依頼すらFAX紙の下に埋もれ、本人が死んでしまうまで返信が無い。感染者数や死者数のデータもまとめられない……。

数え上げればきりがない。
日本人の激し過ぎる戦争オンチは全てが国家的なシステムの欠陥へ通じている。それは合理思考の欠如にも表れている。

「子供たちへ正しい軍事ゲームを教え込めば日本が変わる」と言いたいわけではないが、少なくともファンタジー的で有害な戦争フィクションを信じ込ませるのはやめるべきだな。

善き文化、善きフィクションは精神の免疫としてとても良い効能を持つ。私はこれから、文化としてのフィクションや思想を大切に守り広めるつもりでいる。
だがフィクションを愉しんだ後は現実的な思考も教えるべきだと思う。その点、注意していきたい。


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