劉備のもとで、諸葛亮の意見が強かったのは何故なのか? 省かれた史実が読めない人々

『三国志 - 研究家の知られざる狂熱 -渡邉義浩〔本の紹介と感想〕』の参考にするためこの記事を読み返していた。



それで細かいことなのだけど、気付いた件をメモ。

改めて、低俗低次元な説を読み解いてみた

三国志ファンの皆様方が書いた文章の引用を読み返していて、多くの方が「違和感」を持つ理由に気付いた。

https://sangokushirs.com/articles/589 から再引用。

劉備(玄徳)が存命中だったころ、諸葛亮(孔明)は劉巴(りゅうは)という名士を尚書令に任命しました。劉備(玄徳)は劉巴を嫌っていたのでこれに反対していました。かつて劉巴が、劉備(玄徳)の臣下になることを拒否して隠居した過去があったことを根に持ってのことでした。しかし、劉巴の才能を高く買っていた諸葛亮(孔明)はこの人事を強行しました。
尚書令のポストにはかつて法正という参謀が任命されていました。法正は知略に明るかったが執念深く恨みがましい性格だったので、諸葛亮(孔明)とは馬が合いませんでした。諸葛亮(孔明)の発言力が強くなりすぎないように劉備(玄徳)が諸葛亮(孔明)を牽制するための人事を行ったものと考えられます。

書き手の脳内前提が意味不明なのでものすごく分かりづらい文だと思う。
この文章が何を言っているのか、書き手の脳内をがんばって推測し、翻訳するとこういう意味になるか。

「おっかない亮の力を抑え込むために、法正という気の強い奴をポストに就かせて亮を抑え込もうと試みた劉備。
ところが亮は法正というライバルが苦手だったので(法正を更迭させるために)、劉備の反対を押し切って自分の息のかかった劉巴をそのポストに就かせた。
この事件から、劉備と諸葛亮はお互いを信頼していなかったことが分かる」

失笑。
なんたる小児病的な発想だ
こちらより画像引用、(C)横山光輝
驚くべき低俗低次元だ。
文春か『大奥』。そう喩えるのはまだ良いほうだった。
コスト最小限で作った安い昼ドラの設定みたいだったから私には理解できず、意味不明だったのだ。

そもそもこの方(元は渡邉義浩からのコピーだが)、自分の脳内の「昼ドラ妄想」という前提を説明せずに妄想を一方的に書いているから意味不明なんだよ。

世間の人たちが全員、自分と同じ低俗な世界に生きていると思い込んでいる。
そこはかとない人格の低さを感じさせる
だからこそ堂々と文化破壊や民衆虐殺を称賛できるし、実際その場にいたら自分でも喜んで拷問などを愉しむのだろう。

〔余談の解説〕

前回も書いた通り、諸葛亮が法正を苦手としたのは「人治主義」だったから。意見が対立したのはその点のみ。まして亮が法正から牽制されていたという記録は史書にも無い。
法正はどうだか知らないが、少なくとも諸葛亮は法正の才能を認めていたはずだし「嫌い」ということはなかっただろう。実際その通りに記録されている。


劉備のもとでも、諸葛亮の意見が強かったのは何故なのか

一点この低次元の人たちの邪推から気付いたのは、「邪推されても仕方がない」ほどこの件が異例だったということだ。

特に、

>劉巴の才能を高く買っていた諸葛亮はこの人事を強行

の箇所。

史実は「人事を強行」したというわけではなくて、劉備が亮の意見を受け入れただけに過ぎないのだが中国一般ではあまり無い例。
当時の、と言うより全中華の歴史を通して臣下の意見がここまで強かった(ように見える)例は無いのではないか。
管仲や太公望など伝説の宰相は君主に様々な提言をしている。ただし稀有だからこそ伝説になる。本来、それが中華の理想の君臣関係であるはずなのだが、実現した例はあまり無かったらしい。

これでは確かに低次元な人たちが邪推しても仕方がないと言えるのかもしれない。

現実は、諸葛亮がもともと相手の立場に関わらず率直に意見するタイプであったというだけ。

参考:諸葛亮はスキゾイドの可能性あり

そして劉備はその性格を愉しみ、受け入れる度量のあった人だったということ。
(もちろん劉備はただ他者の言うなりになる人ではなくて、周りの意見を聞き考えたうえで正しいと思えば取り入れた。いっぽうで自分の信念に反することは頑なに抵抗するほうだった。数々の禅譲を拒み続けたことも良い例だし、夷陵の戦いが最終にして決定的な例)

つまりとても簡単に言ってしまえば、諸葛亮は劉備に甘えていたのだとも言える。
「私はこう思います」
ということをいつも自由に言える環境にあった。

あたかも子が親のもとで自由に自分なりに活動させてもらうように。

幸運で幸福な環境だったと言える。
いつも書くが、諸葛亮は横暴なトップのもとだったらすぐに処刑されていただろう。


信愛という前提が心にない現代人。この低俗化は人類の劣化を表す

ある意味で『三国志』、特に『演義(フィクション)』こそ最も大切な前提が省かれている物語なのだと言える。

その前提とは、たとえば
  • 劉備と諸葛亮に人間としての本気の信愛があったこと 
  • 有名人ではなく民が時代を牽引した主役であったこと
  • 当時の民の間で劉備陣営が圧倒人気だったこと、曹操が憎まれていたこと
 等々。
これら歴史書には決して「書かれることのない史実」が後世の人に疑念を抱かせるようだ。

おそらく当時の人々には自明のことと感じられたから書かなかったのだろう。
そもそも平均的な読解能力を持つ人間なら、周辺の史実を読めば理解できるはずのことばかりと思える。
(例:劉備が諸葛亮を信頼していたことは、当初からの劉備の言動を見れば明白に裏付けられる

ところが現代の獣化した低知能の人々には、「人間としての平均的な読解力」も「道義心」も備わっていないらしい。
当然ながらその人々は生まれつき人を信じる・親しみを持つなどという性質や概念を持たないに違いない。

概念が無ければ自分のフィルターで世の中を低俗に落とし込んで眺めることしかできないはず。
だから彼らの手にかかれば、全ての事象が最も安いコストで造られた昼ドラ次元へ堕ちることになる。それが彼らの住む世界なのだから仕方が無いのだとも言えるだろうか。

しかし古代の人たちは、まさか人類がここまで劣化するとは思わなかったに違いない。

特に渡邉義浩を代表とする日本人の劣化は激しい。
前記事で引用したレビュアー※の言う通りだ。

「日本人は、政治家だけではなく、学者までレベルが落ちたと思います。今後、日本国在住の方々は、レベルが落ちて行くでしょう」(Amazonカスタマー)

もちろんまだ、まともな日本人も数多くいることは確か。


上のtogetterでも「渡邉の説だけは有り得ないw」とコメントしている人が多い。

元ツイートから引用 ※ちなみにこの『偏見で語る三国志bot』は渡邉義浩一派
これは読み間違いだろう。「劉禅と2人で国政を運営してほしい。もし劉禅に才能がなかったならば、1人で国政を運営しなさい。」と解釈すべきで、皇帝の位うんぬんは問題にしていない。https://t.co/fvnVIZ3uPY
— 松浦 桀 (@HAMLABI3594) January 22, 2017

【RT】
劉備:死に際に諸葛亮に「息子の才能がなかったら国を乗っ取ってくれよな」と遺言した。陳寿はこれを永遠の手本にしろと褒めるが明代の王夫之という学者は「こんな守れない命令は絶対出しちゃいけねえ『乱命』なんだよ」と謗っている。劉備が諸葛亮を本当には信頼していないことがここからわかると言う

一つだけこの大本の考察について反論すると、実は「皇帝の位うんぬんは問題にしていない」などということは全く無かったからこそ激震が走り中華で大議論を巻き起こした。おそらく当時の漢人なら原文から理解できるニュアンス。
最後の最後にあの劉備様ですら気を遣って匂わせる程度にした。 中華ではそれだけの大事だったということ。(現実は陳寿も気を遣って少し書き足していると思われる)

国を乗っとれ…は多分渡邉先生の本を、そのまま鵜呑み解釈して三国志ツイッターも呟いていたのかな〜と感じました。
《諸葛亮孔明〜その虚像と実像〜》で表紙に書かれてましたね。

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松浦さんの説は興味深いです。
元々の三国志bot のツイートがそのまま渡邉先生の記述を鵜呑みしたかと…思います — 南軒先生 (@nyantarou0714) January 23, 2017

「鵜呑み」と言うかあれは共謀している工作員。恥三と同じように、お金もらって働いている活動家さんです。

問題は、上のツイートをされている方々のような、獣化していないまともな日本人の意見が圧倒で弱いということ。
彼らはネットの片隅で匿名でしか発言しない。
サイレント・マジョリティーも行き過ぎると罪だ。
(もしかしたら多数派ではなくて少数なのかもしれないが。実際、この国のあらゆる勢力があの獣たちに支配されていることが本質的問題)


オマケの話

少し横道に逸れるが余談

考えて見れば、曹操父子の漢朝簒奪を否定していた劉備が、自らの後継者(劉禅)もいるのに諸葛亮に禅譲を匂わすような事を言う必要性も必然性もないんだよ。天命は「天から降る」もので、天命を承けている身が次の天命の降る先を指定出来るはずもないしな。そういう意味で、松浦さんの考察がこの件を解釈するに一番しっくり来る。

遊佐飛鳥@漢晋春秋 @asukayusa3594さん

>曹操父子の漢朝簒奪を否定していた劉備

うーん……、フィクションではそういうことになっているのだろうか。
 と言うより史書の「表向き」は、劉備が儒教的に怒っていたように見えるのだろうなあ。

 現実の劉備様はそういうフィクション劉備のイメージと違って、あまり既存のルールにこだわる人ではない。儒教も漢代の教育としてきちんと学んでいたかどうか疑問。
(亡くなる直前に「諸葛亮の影響で本、読んでいます。読書って意外に面白いよ」と仰っているくらいだから察して)

劉備が曹操に怒っていたのは「悪い奴が国を奪って好き放題に暴政をしいている。民を苦しめている」ということについて。
それは同時代の上から下まで全員が抱いた怒りなのだが、表向きで責めるとしたら「漢朝を簒奪している」という点になる。別件逮捕のようなものか。

 >天命は「天から降る」もので、天命を承けている身が次の天命の降る先を指定出来るはずもないし

まあ確かに。
思想を字義通り受け取ればそういう解釈になるが、当時の人であっても誰もそこまでの原理主義者ではなかっただろう。
古代の人だからと言ってそこまで宗教を妄信していたわけではない(特に漢代は)し、上に書いた通り劉備ほど原理原則にこだわらない人もいなかった。彼が頑固にこだわり続けたのは“人としての道義”だ。
※追記 付け加えると、実態として天命を承けていることになっている元首が次の天命受託者に地位を譲り渡すのが“禅譲”それが“革命”。~『孟子』参照。だから劉備の願いは、当時として可能か不可能かと言えば「可能」となる(諸葛亮がお断りしただけ)。日本には革命思想が無いので理解しづらいかもしれない。

劉備の思想は徹頭徹尾、
「悪い奴が国を治めるべきじゃない。賢くて心の善良な人がトップに立つべき」
というシンプルで人間的なもの。
中華の言葉で言えば「徳治制」を目指したということになるのだが、これは蜀の元首として表向き語ってはまずいことだし、看板として掲げるわけにもいかない。
それなのに最後の最後、死に臨んで本音を遺言してしまったので1800年にわたり中華が大騒ぎとなる結果となった。
ただそのほうが皆、面白がっているならそれで良し。
歴代の知識人であるはずの中国人が「皇帝になれということで、乱命だ」「いや劉備らし」という議論になっているのだから、そう読めるものなんだろうとしかw ただ正史の記述であっても、物語としては「劉性の王朝の再興に自分の政治的正当性を見出していたはずの男が、最後に最愛の同志に、いざとなれば思うままにしていいと言い残したんだよ、面白くてかっこいいじゃねえか」の方がいいよな。

ソフトヒッター99(カタログスペック厨)@softhitter99さん
うん、そういうことでいいんじゃないでしょうか。

「面白くてかっこいい」、そう! これこそ劉備の本性!


※劉備様という呼び方について補足:(別館要パス) 【別館の補足】~様の呼び方は変なのだが仕方なく。微妙な表現の理由

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