付和雷同の人々、日本人…。日本はもう駄目かな

著作権者不明、こちらから引用
「付和雷同」の意味
自分にしっかりとした考えがなく、他人の言動にすぐ同調すること。▽「付和」は定見をもたず、すぐ他人の意見に賛成すること。「雷同」は雷が鳴ると万物がそれに応じて響くように、むやみに他人の言動に同調すること。「雷同付和らいどうふわ」ともいう。「付」は「附」とも書く。
句例
節操なく付和雷同する人
goo辞書より引用

日本人に失望したという話

別館更新。

 ⇒木村太郎氏までWHO(中共)の台本を鵜呑みにして転向。皆で「中共ウイルス絶賛歓迎!」と叫ぶ、この愚かな世界 

また愚痴めいた話で申し訳ないのだけど、工作員と愚かなネトサポ・ボランティアで溢れるツイッターを眺めて呆れかえり……日本人に失望している。

自国がウイルスと暴虐な政権に侵略されかかっているというのに、
「中共ウイルス大歓迎!」
「検査不要、治療不要 。日本人は中共様のために死にます」
と叫んでいる脳のないポンコツbotたち。

自分の頭で一切考えない。
知識が無いだけではなくそもそもブログ記事程度の長文も読めない、文脈を読み取れない。
自己が所属している(と思っている)左右グループで回されている台本を鵜呑みにし、そのままの言葉をオウムのように繰り返すだけ。

日本に中共ウイルスを蔓延させ、治療を妨害して日本人を殺すことでいったい誰が得をするのか?
単純な本質だけを考えれば誰が書いた台本なのか分かるはずだ。

そのような基礎的な構造が読み取れない人でも、
“自分の命と家族の命を守りたい”
と思っているなら、「日本人は検査するな。治療もするな」などと言えないはずだがね。

しかし多数派の日本人にはこんな簡単なことすら分からないらしい……。

侵略されることの何がそんなに嬉しいのか、自ら積極的に詐欺師へ首を差し出している。
疑いを差し挟む同国民には人格攻撃という暴力をふるって黙らせる。

これほど愚かな国民は世界中、人類史において存在しなかっただろうと思う。
現代日本人の言動は、太平洋戦争の大本営戦略とともに愚かな歴史として永久に残りそうだ。


日本の防衛本能の低さは絶望的

プライベートブログでは読者の方々へストレスを与えたくないので多少明るい見方をしているが、ここまで工作員が浸透して医療妨害が起きているなか、日本人が最凶ウイルスから身を守るのは難しいと言えるだろう。

自然現象によって救われる可能性がある、とは本当に思う。例年にない暖かさは救い。神々の恩恵と言える。
日本人の元からの衛生観念の高さやハグ・握手しない習慣も救いだ。
ほとんどの医療従事者の誠実さも救いと言えるだろう……(ネトウヨ=中共御用医師を除く)。

ただ、一般国民の防衛本能の低さによって神々の恩恵も吹き飛んでしまうかもしれない。

「何が正しくて間違っているか」
という根源的な道義心を持たないことも日本人の欠陥だが、
「誰が自分の味方で敵なのか」
と嗅ぎ分ける生存本能さえ無いことが絶望的だ。

日本は自然や習慣、技術力の高さといった長所を活かせば台湾以上に完璧な防衛ができるというのに、心の防御壁の低さによって自ら奴隷になる道を歩もうとしている。
心の防御が無ければ象でさえも蟻に食われてしまうだろう。

愚かだ、愚か過ぎる……。


日本人の、自分で考えようとしないところが最も苦手だ 

そう言う私も日本生まれ・日本育ち・日本国籍の純血日本人だがね。
どうも昔からこの国の民族性に合わないような気がしていて居心地が悪かった。

これは幼い頃から思ってきたこと。

何が合わないのか。
非合理な楽観主義も肌に合わないのだが、どうも
“付和雷同”
の国民性が最も苦手であるらしい。

日本人には自分の考えが無い人が多い。
そのため何かしらグループに所属し、上から与えられた台本が無いと何も語れない人がほとんどのようだ。
(そうではない人も存在するがほんの少数)

何事も無考えに同調することだけが正義とされ、議論のための批判が絶対に許されないことも私には理解不能だ。
ただ誤りを指摘しているだけなのに
「自分に逆らった!」
「自分に敵対した!」
と受け取って悪人扱い。
そして「誹謗中傷で訴えてやる」などと過激な反応をする人ばかり。
最初から議論不可能。これでは思考力などとうてい育つわけがない。

そんな“付和雷同”が私には耐えられない。
子供の頃からグループの言うなりにならない私のような人間は浮いてしまい、敵対視され疎外されてきた。

最近、中国大陸出身で反政府の有志たちの言説に触れ、ようやく孤独が癒されるのを感じている。
“付和雷同”を最も嫌い、人間としての道義心や本能へ忠実に生きる。
殺されると分かっているのにその本心を叫ぶ。
命を懸けて自分の心に従って生きる彼ら・彼女らのほうにやはり私は共鳴する。

未来に生き残るのは自分の心に従って生きる人々であり、日本人のような付和雷同の人々は滅ぶことが目に見えている。
百年後に東洋で残っているのは今の純粋な中華人だけではないだろうか。

日本の文化は貴重だったので残念だ。
(自分が死ぬのは構わないのだが文化が消え去ることが辛い)
日本はつくづく惜しいことばかりだ。

>>続きの記事