USJ炎上で思い出した。歴史捏造で孔融を侮辱した腐女子のこと

〔2016/10/21筆。2020年推敲・加筆〕

USJ大炎上

これは驚いた。
まさかお化け屋敷に、神社へ奉納された本物の人形を使うとは……。

⇒USJ大炎上「呪い人形」事件はどこで間違えたのか?

神社に供養のためにおさめられた日本人形を借り受け、お化け屋敷をつくったユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)が、日本人形協会から猛抗議を受け、ネットでも炎上している。事の是非はさておき、USJはメディア対応や事前のリスク洗い出しなど、多くの点で失敗している。(ノンフィクションライター 窪田順生)
 抗議を報じたメディアの第一報では、USJ側のこのような対応が報じられた。

《USJは「抗議文の指摘は法的な根拠に基づいたものではなく、アトラクションは予定通り続ける。ただ、貴重な意見として参考にしたい」とコメントしている》(時事通信10月18日)

外資系企業にはこういう決まり文句が多いのだが、…

うん、法的な問題ではないよね。
人が人(霊魂を含む)に対して尊厳を守るかどうかの話。
死者であっても侮辱してはならない。そう思うのが人として普通。
エンターテイメントのコンテンツで「ホラー」というジャンルがあるのは構わないと思う。フィクションの人形を使うならそれはキャラクターというものに属するだろうし。
しかしお遊びで、本物の奉納された人形を使うというのはあり得ないな。

「呪いの人形なんてものは存在しない」? へえ。そうなの? 初耳(笑)。
霊が宿っていなかったとしても、「かつて宿ったかもしれない」という話が実際あるわけだ。つまり、「本当かもしれない」という前提で客たちは見る。過去に存在した本物の死者たちを眺めるつもりで見に来る。
それを知っていてよくエンタメに使えたな。
たとえるなら遺体を晒しものにするような行為。霊が入っていないから問題ないと言うなら、もう霊は去った遺体を晒しものにすることが「問題ない行為」と言えるのか。

外資系企業はやはり感性が鈍い。
「悪魔」か「ゾンビ」しか知らない外国人たちが、日本人の霊魂に対する細やかな気遣いを理解できるわけがない。
とは言え上のコメントは日本人が考えて出しているわけだろうから、日本人の感覚も外資に侵されここまで落ちたということ。

不謹慎ここに極まる。
「畏れ」「恥」という感覚がなくなってしまったんだな。
恥を知らず際限なく欲望を貪って良いとする、思想・セミナーなどが流行るはずだよ。

死者に対する扱いについて

淡島神社の見解
 人知れず朽ちていくより、お化け屋敷であろうが、多くの人に注目を集めることの方が供養になる――。淡嶋神社が「心霊スポット」などと呼ばれることをまったく意に介さず、所狭しに奉納された人形が並べられているのは、そのような宗教観に基づいているのだ。

そういうことはあると思う。
死者としても人知らず忘れられるより、話題にされたほうが慰められることはある。

しかしUSJクラスの広大な場に引っ張り出され、遊びの空間で笑いものにされバカにされ、好奇の目に晒されることは違う。
いくら、「構って欲しい」「忘れないで欲しい」と思っていたとしても
「晒しものにされて嬉しい」
などと感じるはずがない。

自分に置き換えれば分かるはずだ。
自分の投稿したツイートや写真が、誰にも見られず反応も得られずでは寂しいよね。投稿したのは誰かに見られることを願ってのことだと思う。
だけど、想定外の場所でコピペされ、延々と回され晒しものになり、嘲笑され侮辱され続けたらどう感じるだろう?
死者を好奇の目に晒すということは、それと同じこと。
霊魂の心は生きている人と全く変わらない。死者の尊厳は生きている人と同じと思えば正しい。

しかし死者が生きている人と絶対的に違うのは、現世で行動することができないということ。
最も痛いのは、法律を使えない! ということ。

哀しいですね。
悔しいですね。

USJが自分の宿った人形を晒しものにして深く傷付けられたからといって、死者は「人権侵害だ」として裁判に訴えることができない。
(法的な権利は現に生存している者のみが持つ。例外は胎児の相続)
USJはそのことを知っていて、「法的には問題ない」と言っているので人道上において悪質なわけだ。

曹操を称えるために歴史捏造、被害者を侮辱した腐女子

この件で思い出した許し難い犯罪。

以前、「三国志博士」と自称する腐女子(BL好きの女性のこと)が出版した小説に、孔融という人物を児童性愛者として描いたものがあった。

史実上、孔融は正当な意見を述べた結果として曹操から疎まれ粛清された。
完全なる被害者だ。
ところが、その小説では「こいつは児童に性的虐待をしたクズだから殺されたのは当然」と粛清を正当化し、曹操を褒め称えるストーリーとなっていた。(もう少し詳しく言うと、孔融が子供を「貢物」として献上させてレイプしたという設定で小説を書き出版した)

もちろん孔融が児童への性的虐待を趣味としていたという記録はない。つまり作者による完全フィクション(=捏造)
ところがその小説にはフィクションであるということわり書きもなく、むしろ読者がこの話を事実として信じることを狙って書いたふしがあった。

史実の孔融:
ja.wikipedia.org
直言居士な孔融は、時の権力者であった曹操と、事ある毎に対立していた。孔融は曹操の施政の中で納得いかない事があると、前例に喩えて厳しく詰った。楊彪の処刑を諫止した時のような正論も中にはあったが、当てつけがましい屁理屈が多く、曹操は日頃から孔融を嫌悪していた。曹操が南方への遠征を目前に控えた建安13年(208年)、孫権の使者に曹操を誹謗中傷する発言をしたという罪で逮捕され、妻子共々処刑された。齢56。

孔文挙の高潔な志と一本気な振る舞いは、人々の正義感を奮い立たせ、梟雄の野心を阻害するだけの力があった。そのため曹操も生きている内に漢の天下を奪うことはできず、息子の代(文帝)で初めて漢に代わることができたのである。そもそも真っ直ぐな気性の人は、当たって砕けるのが本望。ただ丸く治まるよう腰を屈めて生きることはできないものである。孔文挙こそは、純粋な白玉の如く、峻烈なこと秋霜の如き人だと言えよう」と記されている。
 要するに曹操は「俺に意見した」孔融に怒って処刑しただけ。今の中国で習近平の悪口を言って一族もろとも拘束され、拷問の末に処刑されることと同じ。
曹操政権では発言の自由は許されなかった。曹操に意見すれば殺されて当然だった。
このため中共は曹操を「自分たちと同じことをしたから正しい」と英雄視し賛美している。

権力者へ意見するだけで家族ともども逮捕され処刑されるとは、明らかに不当だ。
(もしも当てつけの誹謗中傷をばらまき政権の足を引っ張り、国にも民にも害が出たのだとすれば遠ざければ良かっただけ)

それなのに、上の腐女子は何故こんな作り話で孔融に濡れ衣を着せてまで貶めようとしたのか?
どうやら彼女は曹操を女性として熱烈に愛してやまなかったので、愛する男を褒め称える目的で歴史を捏造したかったらしい。つまり本質的に言えば「性的欲求」が動機。
2020年時点の今から考えると、左翼大学からの命令で故意に行った歴史捏造だったのかもしれない。『蒼天航路』と同じ経緯で書かれた可能性もあり。

あまりにも我がままな目的による酷い侮辱行為だと思ったので、私は作者に対して
「せめて後書きで、その設定はフィクションであることを明記してはどうですか?」
と丁重な態度で意見したところ、延々と何通にもわたる反論メールと私個人を侮辱し罵倒する暴言が送られて来た。
2020年追記 自分の犯罪行為に苦言を呈する人がいると、今度はその相手に暴力をふるう。この盗人猛々しい暴力的な態度はいかにも曹操崇拝者=左翼らしい! 自分に正当な意見をした孔融を処刑した曹操そっくりであるし、香港市民を罵倒する五毛党そっくり。((「左翼っぽい」「曹操そっくり」「五毛党そっくり」は、我々は本心からの軽蔑で言うのだが相手にとっては嬉しい褒め言葉である。従ってこれは誹謗中傷に当たらない。/ちなみにこの記事には相手の名も無く推測の手立てもないので、相手の名誉は落ちない。法的に名誉毀損ともならない。))

その反論のなかで彼女が
「死者には法律的な権利が無いんだから、何をやってもいいはずだ! 私は正しい!!」
と仰っていたことに、心底呆れたね。さらに
「歴史学の権威も同じことを言っていた。(死者に対してはどのような侮辱行為を行っても良いとするのは)歴史学全体の意見だ」
と仰っていたので驚き引いた。

なるほど。
だから現在、日本と中国では歴史人物に対する酷い侮辱行為がまかり通っているのだね。納得した。

たとえば、楽しく気持ちよく歴史人物の侮辱小説を書いたうえ、印税を稼いで食べている人もいるよね。

2020年追記 あいちトリエンナーレや『2019年トーハク三国志展』も同様。

「天もなく、人もない」罰せられなければ何をやってもいいと思える腐った人々

「法律で罰せられないから何をやってもいい」
と言うのは、「見つからなければ殺人してもいい」と言うのと同じこと。
(現に中共や左翼は「見つからない場所でなら殺人してもいい」と本心から考え、好き放題に殺人を愉しんでいる)

この腐女子といい、「死者に対してはどんな侮辱行為も許される」と言った歴史学者といい侮辱小説で印税を稼いでいる作家といい、人としてやっていいことと駄目なことの区別もつかないのか?

この人たちは人目につかないところではどんな犯罪をしているか分からない。

獣化教育を真に受けて育った現代人の道義心、不謹慎感の欠如はここまで重症になっている。

私は三国志ジャンルだけが特殊な人々の集まりなのだと思っていたが、USJの態度を見ていると人間性の低下は世界全体の傾向かもしれない。

今回USJの件で「不謹慎だ」と抗議した一般日本人が多かったことに救われる想いがした。

全然関係ないけど、何故か死者目線で救われる想い。
まだまだ一般人は真っ当な人のほうが多いな。((日本もだが中国も同じ。中国では真っ当な考え方をする人は密かな反共者であり、大声で語ることができずにいる。))