忠義とは何か? 忠臣蔵の新説を眺めて考えた


吉良邸討ち入り。二代目山崎年信画、1886年

国際社会の危険な話はnoteやTwitterで書くことにしたので、ここでは歴史などの人間的な話に集中しようと思う。

さっそく歴史の話。
『三国志』でなくて申し訳ないが、最近見かけた『忠臣蔵』の“新説”が面白かった。

見かけたのは11月25日にフジテレビにて放送された『新説!所JAPAN』にて。解説は下の記事に詳しいから引用しておく。



11月25日(月)の「新説!所JAPAN」(毎週月曜夜10:00-10:54、フジテレビ系)では、歴史学者・磯田道史先生と行く歴史ミステリーツアー第4弾を放送。
「忠臣蔵」の“新説”、そして赤穂浪士の討ち入りに秘められた“真の目的”が明らかになる。

磯田先生は、門外不出の古文書があるということで滋賀・野洲へ。50年以上にわたって忠臣蔵を研究し、数々の貴重な史料を発掘してきた中央義士会・中島康夫氏と合流する。
中島氏は、四十七士の1人・近松勘六の家来であった近松甚三郎の子孫が保管していた貴重な品々の閲覧許可を、20年交渉してやっと得たという。
その貴重な品々とは、大石内蔵助から譲り受け、代々大切にしてきたという陣羽織と、テレビ初公開となる古文書。古文書を読み解き、これまで仇討ちと伝えられてきた忠臣蔵の“新説”を導き出す磯田先生。
ただの討ち入り物語ではなかった歴史の「新真実」を明かし、詳細についてスタジオで徹底解説。
…“新説”の解説を聞いたMCの所ジョージも「ただ覆すというより、よりいい話になっているから、日本人の心みたいな。だから気持ち良かったですよ」と納得の様子。

記事タイトルからネタバレなのは勘弁して欲しいな。笑
でも所さんが「ただ覆すというより、よりいい話」と仰るのは同意。

(以下、本当にネタバレなので録画してまだ観ていない方は注意してください)

赤穂浪士の目的は「主君の遺志を継ぐ」ことだった

結論から言えば、今回初めてメディアに公開された文書で裏付けられるのは
「赤穂浪士たちの目的は仇討ではなく主君の遺志を継ぐことだった」
という話であるらしい。

以前から史家たちの間では、赤穂浪士たちが正当な手続きを踏まずに違法行為の仇討をし、切腹となる道を選んだことが謎とされていたそうだ。
近松甚三郎の子孫が保管していた文書によれば、大石内蔵助ら一同は吉良上野介の首を持って主君の墓へ参り、吉良の首を墓へ捧げた(墓前へ置いた)。そして刀を抜き、まるで主君に刀を持たせるようにして柄を墓へ向けて置いた後、主君が吉良の首を斬るかのように柄を動かす“儀式”を全員で行ったという。

つまり赤穂浪士たちの目的は「仇討」などではなく、「主君が果たせなかった遺志を継ぐこと」。
主君が辞世の句で詠んだ「吉良を討ちたかった」という想いを果たしたかったのだという。

これは確かに一般の『忠臣蔵』よりも感動する話だ。
……いや、現代人のほとんどは「殺人はいけないこと」と言って眉を顰めるだろう。こんな史実をドラマ化したらクレーム殺到するかもしれない。
物語としては全く美しくない。
でも私はフィクションよりも心を揺さぶられる。
何故ならこの実話には人間としての素直な、あまりにも強い感情が表れているからだ。

「主君の想いを果たしたかった」
という行動には儒教などの思想による強制がない、ただ純粋に一個の人間の無念に対する報い(ゼロにしたい。想いを晴らさせ成仏させてやりたい)という感情がある。
損得を考えれば決してこんな意味のない行動には出なかっただろうと言える。

浅野内匠頭は慕われていたのだな

上の史実から分かるのは、浅野内匠頭という人は本当に家臣から慕われていたのだなということ。

昨今の歴史家の話だと、
「浅野内匠頭は知的障碍者(ADHDなど)で異常性格の持ち主だった。障碍によって血迷い吉良へ逆恨みし、傷害事件を起こして処刑された。吉良は善人でただの被害者。
家臣たちも浅野を嫌っていたが、御家断絶で子々孫々まで誹謗中傷されて堕落する運命を変えるために、仇討事件を起こして名誉回復をはかった。
赤穂浪士たちに忠義心など全くない、ただ利己心だけで行ったことだった」
という説になっていたはずだが? 

あれも最近の低レベルな歴史家にありがちな、
逆説を語る自分ってスゴイでしょ、自分天才! 褒めて褒めて。お金ちょうだい
と言う利己主義丸出しの空想だったらしい。

自分が利己的だから他人も利己主義だと思いたい願望の現れでもあるか。
人間性を失った人たちは、「忠義」や「敬愛」などを持つ人間がこの世に存在することを否定したくて仕方がないのだ。一瞬も持ったことがない「忠義」「敬愛」がこの世に存在したなら、自分の卑小さが証明されてしまうことになるから。

〔逆説で人間性否定をして小銭を稼ぐ歴史家の例〕

 ※この人たちは金を稼ぐ目的と言うよりも、人間性を否定して人類を「獣化」する革命計画に加担しているだけかもしれない。



私も『忠臣蔵』は嫌いだった

意外に思われそうだが、実は私もずっと『忠臣蔵』という物語が嫌いだった。

まず講談調のお話自体が苦手だ。
何度リメイクされても同じお約束(定番)の単調なストーリー。さらに「お涙ちょうだい」で、観客が全員一斉に同じところで泣かねばならないという同調圧力のあることが生理的に無理だった。

最大に嫌だったのは――何と言えばいいのかな、嘘臭さ
決して「忠義なんて嘘だ」というニヒリズムによって『忠臣蔵』を嫌ったのではなく、むしろ「本心からの忠義でなければ許せない」という潔癖のせいだ。
形式的なお話から、そこはかとなく漂う嘘が苦手だったのだと思う。

言わば、本物の愛がなければ恋愛は許せないと叫ぶ純情少年・少女みたいなものか。苦笑

私の目には日本人の「忠義」が嘘臭く見えた。どうも本心ではなく規律に従っているだけとしか見えなかったのだった。
どれほど嫌な上司にも従う、義に反することでも命令なら遂行してしまう。
そんな儒教という思想に洗脳されたうえでの「忠義」など許せなかった。
宗教であれ主義であれ、思想洗脳されて思考停止ロボットとなっている人の行動は嘘に過ぎない。私はそういう、本心で生きていない人が大嫌いだ。

だが今回、赤穂浪士たちの史実を知って“嘘臭い”とのイメージが吹き飛んだ
損得の欠片もない、現代人から見れば愚にも思える選択をして主君の遺志を果たした行動には、確かに「心」があった。

心というものは現実から見れば損しかない愚かな行動へと人を導く。
けれど心の選択は生き方としては正しくなる。
きっと同時代の人たちは赤穂浪士たちの真実を知っていたので、彼らを褒め称え英雄扱いしたのだろう。

 改めて、忠義とは何か考える

ところで今回の新説を知って、
「そうか! 忠義とは仇討ではなく、“遺志を継ぐ”ことなんだな!」
と思ってしまう人は多いかもしれない。

その定義で考えれば諸葛亮の行動も
「劉備の遺志を継いだ」(言いつけを守った)
ことになり単純な忠義ということになるのか?

きっとそう理解される人は多いのだろうな。そして赤穂浪士と諸葛亮を重ねて観たりするのかもしれない。

でも私は捻くれているので、そんな外形で定義したりはしない。
やはり、忠義の有る無しは深いところに「心」があるかどうかで観るべきだと思う。
この場合の「心」とは人間としての敬愛敬慕という想いのことだ。

実際、私は諸葛亮が現実には「劉備の遺志を継いだ」とは思っていない。
こう書けばきっと激しく怒られるだろうが、北伐は諸葛亮自身の意志だった(正確に言えば諸葛亮が負った民の意志)と考えている。
実は劉備は諸葛亮に北伐を託してなどいなかったのだ。たぶん。
この考えに拠るなら、「王になれ」も「馬謖を信頼するな」も含め、諸葛亮は劉備の言いつけをことごとく聞かなかったことになる。
ということは赤穂浪士説で外形の定義に当てはめると「諸葛亮は忠臣ではない」との結論になる。
だがこの結論も誤り。

諸葛亮が継いだ劉備の遺志とはそんな個人的な遺言ではない、もっと大きなものだった。
遺児への愛、国家への愛、国民への愛を貫く。目に届く範囲の人々の幸福を全力で願うということ。
それらの愛は劉備への敬愛そのものだ。感謝あるからこその精一杯の恩返し。

自分が受けた絶大なる愛への感謝を、相手一個人へではなく公へ返す。
こういう回りくどい返礼が“忠義”に該当するかどうかはよく分からないのだが、少なくとも人間としての心から出た想いに基づく行いだったことは確かだ。

まとめ

最後のほうは何を言っているのかよく分からなくなってしまったが(笑)、要は「忠義かどうかは心が大事」ということが言いたかった。
表に現れた行動の形がどうであれ、敬愛敬慕に基づくなら忠義なのだよと。

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