契約書を幽霊のように怖がる日本人。契約書への誤解まとめ

吉本興業が「芸人と契約書を交わすことにしました」と宣言したことにつき、タレントを始めとして様々な人が語っている。
聞いていると先進国の人々の発言と思えないコメントばかりで呆れてしまうし、「これでいいのか、この国……」と恐怖も覚える。

ここによく聞く誤解と正しい考え方(法務的に)をまとめてみた。

契約書について、最もよく聞く誤解

今回のことで最もよく聞かれたのは次のような意見だった。
吉本には所属芸人が6000人以上いる。この全員と契約してしまうと、最低賃金を保障しなければならないから会社が潰れる。絶対不可能だよ。
吉本が契約書を交わすことになれば、売れていない若手芸人は全員切り捨てられることになる。それに、これからは確実に売れそうな若手しか所属できないことになる。それでは芸人に夢がなくなってしまう。
「売れるまでお金なんか要らないからとにかく所属だけさせて」という若手はたくさんいる。そういう若手を見捨てないために、絶対に契約書なんか作ってはダメ!!
これは「契約とは何か」という根本が分かっていない困った発言。
発言している人々は一流の著名人ばかりだ。こんな子供みたいな「有識者」たちのコメントが今、世界中に発信されているのかと思うと恥ずかしいし有害だと思う。
ただでさえ契約書嫌いで支障をきたしている日本に、さらに誤った認識を広めてしまう。

※追記は下へ移動しました

そもそも契約は自由なもの

若い人や一般のサラリーマンの方々は知らなくても無理はないと思うが、独立して仕事をしている著名な方々は、せめて契約の基礎中の基礎くらい知っておいて欲しい。

現在、先進国と呼ばれている国々(欧米と日本など先進東アジア。中国を除く)で、私人同士の「契約」は自由なものと定義される。
日本でも契約自由の原則が民法で定められている。
公序良俗に反しない限りお互いの合意によって、どのような内容で定めてもいい。

ここで「公序良俗(こうじょりょうぞく)」という難しい言葉が出てくるが、とりあえず「一般常識」とか「社会通念」などと考えればいい。
現実には日本の常識よりもう一段上の、自由・平等・人権を重視する「欧州的な社会通念」をイメージしたほうが正しいかもしれない。

「公序良俗に反しない限り」の部分、民法から引用しておくと次の通りになる。
(公序良俗)
第九十条 公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。
ざっくばらんに翻訳すれば、一般常識に照らして「そういう契約はダメでしょ」という契約は初めから無かったことになる、という意味。

公序良俗違反の例として具体的に挙げてみる。
  • 人身売買
  • 奴隷契約
  • 妾契約
  • 賭博の支払い義務(公営賭博を除く)
  • 一方だけに圧倒的有利な契約
等々……。このような契約は無効。
イメージとしては「ブラックな契約は無効」という感じになるか。
だからもし人身売買で売られ奴隷契約書にサインさせられたとしても、そのような契約は守らなくてもいい。

逆に言えば、公序良俗に反しなければどのような契約でも自由ということになる。

だから、吉本興業は所属する6000人全員と、「最低賃金保障」の契約書を交わす必要はない。
そもそも雇用契約としないならば「最低賃金保障」うんぬんの話は関係がない。労働基準法の適用とはならないので。
もちろん会社としては収入保障をしたほうが親切だが、支払い能力を超えていて会社が潰れるというなら、各芸人の能力により、段階に応じて支払い額を変えるなどの契約をすれば良い。

また、根本的なことだが、支払い額そのものも契約書へ書く必要はない。
特別に法で定めがない限り、契約書に「この条項がなければ無効」ということはないのだ。
※契約書の作成義務がある分野では、必須条項がなければ無効となり罰則も受ける場合もあるため要注意

だから極端な話、
1.甲(吉本興業)は乙(タレント名)のマネジメントをします
2.甲が乙へ支払う出演料は、出演に応じて作成する別紙に記載します
3.乙が反社会的勢力との関わりを持った事実が判明したとき、甲は乙へ告知することなく本契約を解除できます
だけの契約書でも構わない。
当然ながらこれはあくまでも例。(テンプレとして使ったら駄目ですよ!使わないだろうけど)
この場合なら「マネジメント」の定義を詳細に定める必要があるので、実際に契約書を作成するとなればこれだけの文で済ませることは有り得ない。あと現実では、弱者であるタレント側へもっと有利な条項を盛り込み、強者である事務所との公平をとらなければならない。
ただ、有効か・無効かと問われたら、これでも有効なのである。
それだけ契約書というものは自由で、フォーマットなども厳密に定められていない。子供同士の会話文のような契約書だって有効だ。

条項が少なく曖昧な契約書はトラブルがあった際に裁判で苦労する問題をはらむが、少なくとも口約束だけの契約よりは遥かに意味がある。
特に、タレントに反社との関わりが判明した場合、即契約解除できる条項を入れた契約書を作ることは事務所にとって有利でしかない。

それなのに事務所が契約書を作ることを不利だと思い込んで、ペラ一枚の契約書さえ交わすことを躊躇するのは滑稽な話だ。
そのために逆手に取られて、闇営業し放題の現実がまかり通っていたのではないか。

所属するタレントさんにとっても、もちろん契約書があったほうが有利となる。
契約書の内容にもよるが、いざトラブルがあって裁判となった場合に、口約束だけではそもそもその事務所と「契約があったのかどうか」さえ分からない。
どれほど有名人で、「吉本芸人」であることが推測されたとしても推測でしかない。もし事務所が「そんな奴うちとは関係ない」と言えば、裁判所も契約があったのかどうか判断しかねるのだ。

契約書の最大の誤解、「身動きが取れなくなる」

 ちょうど著名人が書いたブログで、典型的な契約書への誤解と思える例があったので引用させていただこう。
(西野さん、悪い見本であるかのように引用してしまって申し訳ない。でもできれば著名な方がこういう誤解を拡散するのはやめて欲しい。タレントさんも誤解を排して契約書を作成すべきです)
ameblo.jp以下、上URLより引用。欄外は筆者コメント。
 「そもそも吉本タレントは会社と契約書を交わしていないのだから、『契約解除』はおかしい!」という声が上がっております。

基本的に『契約』というものは、契約書を交わさなくても、「口約束」でも成立します。
ここまでは、正解。
特別な法で規制されている業界以外、契約を交わすための方式は特に定まっていないので「口約束」でも契約は成立する。

ただ、現実として「口約束」の契約は無いも同然と言える。
契約の有る無しが問題となるのは、何かトラブルが起きて裁判に訴えるなどした時なのだが、書面で契約が交わされていないと「契約がある」ということの証明が裁判で不可能になる。
証言する人を集めるなどすれば絶対不可能ではないが、とても難しい。裁判で立証することの大変さは言語を絶する。だから裁判では立証責任を負わされているほうがたいてい敗けるのだ。

タレント契約の場合、西野さんくらい有名であっても条件は同じ。
著名人であれば「事務所と契約があったのは周知のこと」として裁判所が認めてくれる可能性は高まるが、絶対ではない。裁判官も判決に悩むだろう。

できれば、契約があったことを証明する苦労などは無いほうがいい。
自分自身にとっても、裁判官にとっても。
多くの人が契約書を作らないことは、膨大な時間ロスとなり、そのぶん税金もかかり広い意味で皆の迷惑になっている。

続き。
なので、いきなり結論を申し上げますと、契約書を交わしていなくても『契約解除』はありえます。
吉本タレントとして活動している時点で吉本興業と『契約』しているという話っす。

これもその通りだけど、一般の人が「吉本タレントは会社と契約書を交わしていないのだから、『契約解除』はおかしい!」と言うのも感覚としては正しい。
現実問題としては、上に書いた通り証明できない契約は裁判所も認定することが難しい。だから裁判官の判断も結果としては一般と同じになる可能性あり。

私も個人的には、契約書での契約が定まっておらず、契約形態(請負なのか代行なのか…)も判然としていないのに「契約解除」だけ書面で送るってどういうことだよと思った。
何の契約について「契約解除」としたのだか、文面はどうされたのか? 具体的に解除する契約のターゲットを絞らなければ内容証明も無効となる。
何やってるの所属弁護士さん、と思ったのが率直な感想。

 そんなに「契約書を交わしてない!契約書を交わしてない!」と言うのであれば、「じゃあ、契約書を交わしますか?」という話になると思うのですが、僕個人的には(あくまで僕個人の意見ですよ)、所属事務所と契約書を交わすなんて死んでも嫌です。
死んでも嫌…… これは大人として困った発言。
契約書を交わしていないばかりに、現実に首をくくって死んでしまう人のほうが世のなか圧倒で多いのですよ。
時代は猛スピードで変化しています。
そして、これまで世の中に存在しなかった選択肢というのは、当然、旧式の契約書で対応できるものではなく、その時、所属事務所と契約書を交わしてしまっていたら、そのアクションを諦めるか、もしくは、事務所全体の契約内容が更新されるまで待たねばなりません。
「甲」や「乙」を読んでいる間に、時代は次に進みます。
契約書というものは何か、全て旧式なフォーマットで決められて動かせないものだと思ってらっしゃるのだね。
「甲乙」が嫌なら、「僕とあなた」でも何でもいい。
それと、世の中の変化スピードに合わせたいなら、条項を少なくして柔軟に対応できるものにすれば良い。
そのあたり弁護士さんへ意見して考慮してもらうべきだ。
吉本興業と契約書なんて交わしていたら、クラウドファンディングもできなかったし、オンラインサロンもできなかったし、国内外の個展や、美術館建設もできませんでした。
吉本100年の歴史で、こんなことをやった芸人が一人もいないので、こんな芸人の活動に対応した契約書が存在しないんです。
>こんな芸人の活動に対応した契約書が存在しない
そんなことはない。笑
世の中では毎日、過去に存在しなかった契約書が生まれているので安心して欲しい。
>…もできませんでした。
という諸々の副業(?)、あるいは本業なのか分からないが、他の仕事をやりたければそれなりの契約書を交わせばいいだけのこと。
実際、
「専属契約で、他の仕事をするのは一切禁止。アルバイトも禁止」
などという契約書は非現実的だ。
収入保障もしないのに専属契約で行動を縛るという内容は、奴隷契約に近いと思う。
今の現状として芸能界にそのような不当なマネジメント契約書は蔓延しているが、人権侵害だとして法律界隈では問題視されている。これから国会でも審議されることになるだろう。
吉本興業はこの先、請負契約か、マネジメントもしくはエージェント契約か、現実どのような契約書を作るのか分からないがどの場合もタレントは個人事業主となる。
個人事業主は個別に何の仕事をしても自由。
ただしタレントさんのほうも個人事業主として自覚をもって、税金も払わなければならない。
芸能事務所とも「取引先」あるいは「マネジメント委託先」という対等の立場において話し合い、自分の権利を確保すべきだ。
まだ無名のタレントさんには事務所へ意見する勇気も力もないことだろう。
だから著名なタレントさんたちが契約書の内容について積極的に要望していくべきだ。
たとえば
「自由に仕事をしたい」
「アルバイトも副業もやらせて欲しい」
「その代わり、コンプライアンスは自分で責任を持つ」
 などと。
今なら契約書の内容も定まっていないから、今しかないと思う。

とにかく契約書は自由に作成できる!という知識を武器として身に着けて、タレントさんたちは自分たちにも有利な契約書を作っていって欲しい。

 契約書を、幽霊のように怖がるのはやめよう

上のように「契約書反対」との意見を言う人たちの話をよく聞いていると、あれこれ言い訳しているが、とにかくひたすら
 契約書が怖い
と怯えているだけのように見えてならない。

つまり日本人は、
 契約書を幽霊のように怖がる
人がとても多いのだと感じた。

幽霊の正体は、枯れ尾花であることがほとんど。
契約書は、実は自分にとって有利なことばかりだということを知って欲しい。

怖がって目を逸らしてばかりいると、なおさら不当な契約書を結ばされて本当に怖いことになる。
きちんとした知識を身に着けて契約書を習慣化していこう。
一般の方には契約書を読むにも限界があるから、専門家へ相談するといい。安い料金で弁護士の法律相談を受けられる方法もあるし、書士系の人たちも役に立つので検索してみて欲しい。
search.yahoo.co.jp

あと、契約書は日本全体のコストカットになるということを声を大にして言いたい。
トラブルがあってからの裁判には膨大なコストがかかる。
皆さんがたった一枚の契約書を作成する習慣を持つだけで、かなりの裁判コストカットになるのだ。
頼むから日本人の皆さんには契約書を作成して欲しい!と願う。

法律分野の側としても、「トラブルがあった後に泣きついてきても困る」というのが本音。
たった一枚の契約書を交わすことさえ怠り、人によっては弁護士から「契約書を作成すべきだ」とアドバイスを受けたにも関わらず「契約書なんかめんどくさい。あり得ない」と馬鹿にして作らず。
案の定、そのように契約書を馬鹿にした人に限って必ずトラブルとなる。
その時、「何とかして」と言われても困る。
はっきり言うけど、どうにもできないものはできません。
諸葛亮のような天才(笑)でもね! 

前もっての防衛にまさる兵法はない。特に法律では。

※余談ながら、西野亮廣さんは「諸葛亮」から亮の名を取って名付けられたとのことで少し触れました。最近の西野さん、フィクション孔明のように独創的な活躍は目覚ましいものがあり、応援しています。もう少し現実的な知識を身に着けたら鬼に金棒かもしれません。


追記 あと、ものすごく気になったのが岡本社長が会見で
「所属タレントとしては契約書の関係ではなく、人間としての付き合いをしたい」
と言っていたこと。これこそ日本人の典型的な考え方なのだが、何故か契約書を交わすこと=人間同士の付き合いがゼロになってしまう、と思っている。どうして人間としての契約書を交わすことができると思えないのか?疑問だ。
あれでは初めから「自分たちが思っていることを文書化したら『奴隷契約書』にしかならないのだ」と宣言しているようなもの。
真っ当な仕事をしている一般企業は、相手方と「人間としての契約書」を交わしているものだ。むしろ人間としての付き合いを保障するために契約書というものがある。

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