軍師とは何か(諸葛亮の場合)



プライベート(占星術)ブログにて、「諸葛亮」についてほとんどご存知ない方や、初心者の方向けに置いている紹介記事より軍師に関する解説を分けました。
初心者の方はこちらからお読みください:
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フィクションの「軍師」のイメージは誤っている

諸葛亮の役職と最終地位名を正しく言うと、「軍師(ぐんし)」および「丞相(じょうしょう)」となります。
「丞相」とは大臣のトップ、首相のことです。

「軍師」という役職のほうは、現代日本人には理解することが少し難しいと思います。と言うのも、日本の歴史創作で使われる「軍師」または「参謀」という用語が、古代中国における現実の「軍師」と全く違うからです。

まず、日本で使われる「軍師」や「参謀」の用語イメージを頭から消し去ってください。

古代中国で「軍師」とは、戦場で殿様の耳に作戦を囁く者のことではありません。特に軍師職トップが戦場へ同行することは滅多にありませんでした。

正しい「軍師」の職務内容を理解しましょう

厳密に言えば軍師の定義は時代によって違うのですが、三国時代当時の仕事内容から言えば、「軍師=国防省の職員」等をイメージするのが正確です。つまり国家戦略や、戦争全体の作戦を考える軍事専門家です。(ここで言う軍事とは平時の政策も含まれる)

諸葛亮の役職「軍師将軍」というのは、その専門家たちをまとめる長官(トップ)ということになります。職場は戦場ではなく、内勤のデスクワーク。官公庁の庁舎に閉じ籠もっている官僚さんをイメージすると正しくなります。

追記: 諸葛亮個人の立場としては、防衛府の長官・国家政策立案の他に、劉備直属の補佐役でもありました。だから現代俗語の「ナンバーツー」と呼ぶのが相応しく、独特なため正式な中国の地位で表現するのは難しいかもしれません。通常、中国王朝でこのように一人へ権限が集中することはあり得ないので稀有なことのようです。

だからよく、「諸葛亮は一度も作戦らしい作戦を立てたことがない」などと得意げに語っている三国志マニアがいますが、その人はフィクションの知識しかないお子様なのだと思って間違いないでしょう。

「戦争」という言葉が戦場だけを指しているのだと思うのは誤りです。
戦争とは戦時中における国家の営み全てを指す用語です。従って戦場に同行していなければ「作戦を立てていない」のではありません。現実には、蜀の国家戦略全てに諸葛亮が関わっていたと言えます。

続き:中級者向け。もう少し詳しい話
>>軍師について考える

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