馬謖は斬らねばなりません(9/22メール返答)

メールをくださったW様、貴重なご意見ありがとうございます。

「コメント欄が開けないので代わりにメールをした」とのことなので、公開前提でコメントをいただいたものと考え、こちらにて公開返信させていただきます。

★今回は役に立つご意見だと思ったため公開させていただきました。当ブログは他人の著作物の代理公開や、永久管理保存の義務を負いません。メールからの引用公開、削除は管理者の任意とします。


始めのメール

青の囲み内はW様のメールより引用:
1)安倍晴明
(…個人情報につきカット…)途次に「安倍王子神社」があり、境外社「安倍晴明神社」に時々お参りしておりました。当時のマスコミおよび世間は、今と異なり、一切陰陽道に無関心でしたが、小生は子供のころに父親と見たサーカスの綱渡りで披露た「恋しくば尋ね来てみよ和泉なる、信太の山の恨み葛之葉」の晴明出生譚などを懐かしんでおりました。但し出雲系との認識は、昔は、そして今もありません。

サーカスの綱渡りで晴明の出生譚とは、風情のある演目ですね。
ボリショイサーカスやシルク・ド・ソレイユの近代的なパフォーマンスしか見たことがない自分は想像もうまく出来ず、大変羨ましく思います。
「晴明が出雲系」云々については私の考えではありません。
よろしければインターネット上で語句を検索してご高察のうえ、該当するサイト・ブログへご意見ください。

※当ブログはその説を論じる各種団体とは完全に無関係です

2)出雲系
周囲に有り余る寺院には心惹かれることもなく、なぜか神社の散策を続けておりました。伊勢神宮は既に小学生時代にお詣りしましたが、荘厳さには打たれましたが魂的に何かを感じたという思いは持てませんでした。大学生の時には出雲大社にお参りしましたが、何かあっさりとした感想しか持てません。今よく言われるところのパワースポット的な印象を持ったのが、唯一、奈良「三輪(みわ)明神、大神(おおみわ)神社」でした。(…個人情報カット…)この三輪の地こそ、出雲系だったのです。小生が天孫系よりも出雲系に心惹かれるのは、因幡の白兎の大国主命に懐かしみを感じるからで、天孫系への恨み・批難があるからでは決してありません。従って、何かを投影してのことではないと思います。

私も霊感のない人間ですから、「この神社にパワーがある」などとは言ったところでどれだけ正しいか分からないのですが(笑)。

伊勢神宮は、早朝6時頃、導かれたように参詣することになりました。その時間帯には確かに神性があったと思います。しかし一般の観光客が来る時間帯になると一気に神性がなくなった気がしました。 あの神社の神は気高く繊細で、俗世の気を嫌うようです。
出雲大社は、結婚する年の1月1日0:00ぴったりに参詣することになったものです。旅行の予定にはなく、たまたま道に迷ってその時刻に行き着いたので驚きました。明白な導きを感じ、神性を感じざるを得ませんでした。

>天孫系よりも出雲系に心惹かれるのは、因幡の白兎の大国主命に懐かしみを感じるからで、天孫系への恨み・批難があるからでは決してありません。

もちろんそうでしょう。
くどいようですが、出雲系と大和系の対立という話は私の考えではありません
また、そのような説を主張するサイトの話を全て鵜呑みにしているわけでもありません。
あれは日本の全国民に対する偏った誹謗中傷と思います。私は信じておりませんのでご安心ください。
ただもし昔、日本のどこかにそのような話があったのだとしたら、安倍晋三さんという個人には家系にまつわる何かスピリチュアル的な因縁があるのかな? と想像しただけです。
または、こうも言いかえられます。彼は「重い因縁を背負おうと自ら望んで生まれてきたのではないか?」と。晋三さんの太陽のサビアンシンボルからもそれは感じられます。
3)安倍さん
安保法案が成立した翌日から、それまでの鬱陶しい天気が回復して秋晴れが続いております。ここに天意を感じざるを得ません。小生は、吉野様とは見解を異にしておりますが、これでやっと「戦争をさせない国」に一歩だけ近づいたと安堵しております。現行憲法にしても、聖徳太子の「十二条の憲法」の精神性の高みに遥かに劣り、改正すべきと考えています。9條が正しいのであれば、自主憲法を制定して、その中に復活させればいいのにと思います。小生は改正が軍国主義の復活だと声高に叫ぶ一部文化人、一部大手マスコミ、メディアには組しません。安保法制成立を非難する極めて一部の(、但し似非文化人にとってはアジアの国々と拡大呼称する)国々がどこの国かをみれば、その性質は明らかです。私は安倍さんにA級戦犯のレッテルを張る評論家や、それを民意の表れとして論調する一部マスコミの気が知れません。そんなレッテルでさえ、東京裁判史観を私目的で悪用していることに何故気が付かないのでしょうか。佛教に云う「心の三毒(貪・瞋・痴)」の痴に気づくべきです。こんなに自由に情報を集められる幸福な日本で、自分の好みだけを選択して顧みないのは、佛教で云う「止持戒」(一方の、なすべき事に対する戒律に対し、なさないことに対する戒律)、現代風に解釈すれば、気づこうとすればいくらでも気づくことができる環境にありながら、気づこうとしない罪だと思います。このような時、支持率よりも、過去を含んだ日本人に対する責任を重視した安倍さんに敬意を表します。こういう責任感が日本を破滅させるとする見方もあり得るとは思いますが、それこそ「肉体の死」を「精神の死」の上位に置くことであり、自分の命の恩人の危急に際して、自分の安全を優先し、それを又やむを得ないと恥ずかしげもなく同調する社会は、想像に絶する唯物主義社会になってしまいます。私は過去世は思い出しておりませんが、輪廻転生を信じるものとして、今世と来世でのトータルな価値判断を持ちたいと努力しています。来世を信じればこそ、前世で自ら与えた今世の計画を全うすべく努力したいと思っています。卑弥呼も軍隊は持っていました。我欲での戦争を抑止するための軍備は、現在の環境ではより不可欠で、最高の社会保障です。小生、一時は丸暗記しようとした万葉集には防人の歌が多くあります。体制側にありながら、このような人の嘆きや苦しみをもカバーさせた当時の編纂者に、またそれを認めた伝統には、感謝の誠をささげたいと思いますし、この美しき日本の文化の復活を心から望み、拉致問題に奔走された安倍さんを心から応援するものです。

>安保法案が成立した翌日から、それまでの鬱陶しい天気が回復して秋晴れが続いております。ここに天意を感じざるを得ません。

天意は、そこまで単純なものではないように私は思います。
雨の中でデモを行っていた人々の映像が同情を呼び、同調する人を増やしたことを考えると、天はどちらに得な演出をしたのでしょうか?
演出する側となって想像してみると逆の天意が見えます。
むしろデモ隊が演出として雨のシャワーを降らせたのではないかと疑ってしまうほど、絶妙なタイミングで雨が降りました。
私が映画監督でも観衆の同情を買うため、あの場面で雨を降らせる演出をすると思います。

【解説】引っ越しの際、前後の記事を引き継がなかったため誤解されると思いますが、私はデモ隊を擁護する者ではありません。本音は「反デモ隊」で、彼ら彼女らを冷ややかな目で見ていました。(思想的に危険な団体の人々に賛同するはずがない)
ただこの件に限っては、安倍さんが法的安定性を破壊したため「天が味方しないだろう」と言ったものです。この後にもしファシズム思想を持つ者――ヒトラーのような僭主、あるいはK産党――が政権を奪ったら、今回のことを例に出されてどのような法の捻じ曲げでも可能になります。一度でも破った歴史があれば消えたも同然になる、それが法というシステムです。このことで安倍さんは未来の人権侵害を保証しました。
政策を変えたければまず法を変えるべきでした。未来への重大なる禍根を残してしまいました。

法的安定性という言葉について

>9條が正しいのであれば、自主憲法を制定して、その中に復活させればいいのにと思います。

全く同感です。そうすべきでした。
安倍さんがその機会を与えず、手続きを無視したから私は(多くの人々も)怒っているのです。

私が憤っているのは安倍さんが法的安定性を破壊したことです。
全てはその一点に尽きます。

馬謖は斬らねばならないのですよ。
私が、あえて痛々しいこの言葉を使う気持ちを理解していただけるでしょうか?

※理解できない人は、大学一年生が読むようなごく簡単な法学の教科書を一冊読んでみてください
参考 ⇒法的安定性とは何か? メディアの造語ではありません(笑)

権力側が法律を守ることがどれだけ大切か。
それは法律オンチの自称軍事家たちが主張するように、「くだらない机上の法律論」などではなく現実の危機です。
そもそも安保法は戦略としてもお粗末で危険だと私は思います。
だが仮に完璧で素晴らしい政策だったのだとしても、まず国会によって憲法解釈を歪める「お手本」を見せたことが問題です。
多くの人は、安倍晋三さんしか見ていません。安保関連法案しか見ていません。一時的な政策論に惑わされています。あまりにも視野が狭い物の見方です。
未来に影響することで最大の問題なのは今回の件で、憲法を無効化する前例を作ってしまったことです。
今の日本人は何故か、日本国憲法には9条という一条文しかないと錯覚しています。それ以外に11条も13条も21条も25条も、28条も31条も、……国民の権利を守る大切な条文がたくさんあるということをご存知ない。
安倍さんの見せたお手本は、いつか極悪非道な人間が総理大臣となれば上の条文を無効化し、国民の財産を奪って逮捕状なしに逮捕して監禁・拷問・奴隷化することが可能であると示したわけです。
おそらく安倍晋三さんにはそのつもりはないし、想像すら出来ていないでしょう。自分は良いことをしたと思い込んで死んでいかれるのではないでしょうか。
将来その時が来たら「あの時に間違ったのだ」と皆が振り返るだけです。
その時、苦しむのは今の若い世代です。

>小生は改正が軍国主義の復活だと声高に叫ぶ一部文化人、一部大手マスコミ、メディアには組しません。

全く仰る通りですね。メディアは偏り過ぎですよ。
安保関連法案は「戦争法案」などではありません。軍国主義復活でもありません。
しかしこれは決して独立の軍隊を持つことを許した法律でもないのです、残念ながら。
「これでようやく軍隊を持つことが許された」と早とちりして喜んでいると、自分たちが外国の奴隷として売り飛ばされたことに気付き、打ちのめされることになるでしょう。
今回本当に心底から怒るべきなのは、右側の人たちだったはず。
何故か左の人たちが元気に反対しているのですが、勘違いも甚だしい茶番に見えます。

>支持率よりも、過去を含んだ日本人に対する責任を重視した安倍さんに敬意を表します。

恐縮ながら、「支持率よりも」と仰るのは現行の民主主義という制度上、誤りです。
安倍さんが孟子の言葉を引用したのも制度に照らせば誤りでした。

私は個人的に今の民主主義が間違っていると思うのですがね。
(専門的なことは専門家に任せるべきです。政治家が本当に日本のためを思って信念を貫くなら、それは全国民が反対しても行うべきです。孟子の言葉が正しく行われるなら素晴らしい世になる)
しかし現行の憲法上このような制度になっているのですから、枉げることは許されません。
制度が間違っていると思うなら、手続を踏んで改正してからでなければならないでしょう。

>自分の命の恩人の危急に際して、自分の安全を優先し、それを又やむを得ないと恥ずかしげもなく同調する

命の恩人……そうだったでしょうか。原爆を落とされたのにですか? あんなにたくさんの国民を殺されたのに?
いや過去のことは水に流すとしても、将来的にパシリ(下っ端の使い走り)となるのは屈辱に思います。
私はそこまでお人好しにはなれません。

追記
2018年改めて読み直して思ったが、「安保法案が成立した翌日から、~これでやっと「戦争をさせない国」に一歩だけ近づいたと安堵しております。」……なんて素直にアメリカさんの思惑に従ってらっしゃるのだろう。
詐欺師の理論を鵜呑みにして繰り返す被害者。原爆を落とされ、国家を二分され、精神を踏みにじられているのにまだ詐欺師の言葉を信じようとする。これを「忠義」と呼ぶか? 隷属と呼ぶのだ。


今気付きましたが、案外と、私はシンプルな愛国主義者なのかもしれないです。
日本だけではなくどこの国に住んでいたとしても、自分の生まれた国の民が「パシリ」として他国の思い通りに利用されることは辛く、耐え難く思います。
独立国家としての尊厳を踏みにじられる想いです。
(もちろん本当に自分の意思で友好国を助けるなら大賛成ですよ。でも、そんなことは絶対あり得ないと分かっています。そんなに簡単に騙されません)

>我欲での戦争を抑止するための軍備は、現在の環境ではより不可欠で、最高の社会保障です。

現在の環境では確かにそうでしょう。
私も過去生で戦争に関わっていた(どころか軍隊を率いて大勢を殺した)らしい人間として、否定する権利はないと思っています。

現在ではやはり独立国家としての軍隊を持つしか手段がないのかもしれませんね。
しかしいつか、世界中の国が軍隊を放棄する未来が訪れるといいと切望します。

「卑弥呼が軍隊を持っていた」というお話については、残念です。
しかし大陸側の目から見ると、魏の使者を通して伝えられた邪馬台国は、「戦争を治めた女神のいる平和国家」です。当時の大陸の人々にとって衝撃的な桃源郷でした。(と、思います)

2千年後、今の9条が理想郷伝説となって教科書に刻まれる頃、現実となることを願います。

三国志雑談

話は変わりまして、
三国演義に依ればの話ですが、呉下の阿蒙は好きですが、関羽を討った策略に対しては好きになれません。

そうですね、正直に言えば私も「呉」は好きになれません。
呉と言えば、今の経済特区の人種が呉の悪いところの精神を引き継いでいるようですから、彼等の二枚舌には注意すべきと思います。
日本人は甘いので、騙されないようにしたいものです。

>三国演義に依れば

すみません、私は一度も『三国演義』を読んだことがないのです。
生理的に許せず、未だに読めません。
吉川英治の小説すら読めませんでした。
したがって演義のストーリーで知らないところが多く、お話についていけない部分があります。お赦しください。

もしかして以前の「勝海舟」と「諸葛孔明」を似ているとするお話も、演義のイメージでしたか?笑
宜しければ演義だけではなく一度、記録も読んでいただけると嬉しいです。
フィクションだけでは無意味なものです。
事実を知っていただければこそ、当時の人々が浮かばれるのではないかと思います。

曹操も秦の始皇帝にしてもK産中国では高い評価になるようです。我々には、その人が何を望んでの行為であったかを洞察する能力が必要ですね。

始皇帝らがK産国家で評価が高いというのは、さもありなんです。笑
特に始皇帝の野望は、中華人民共和国の野望に合致しますよね。

なるほど、始皇帝は「天下統一すれば平和となる」と主張して虐殺を繰り返したのかもしれません。
焚書も、平和のためだったのですか?
無辜の民の虐殺や、言論の自由を禁じる人権蹂躙は、「本当は平和のためなのだ」という為政者の気持ちさえあれば許されるのでしょうか。
だとすれば今のC国も、ネット統制したり人民を穴に埋めたり、他国の物も欲しがったりしているので素晴らしく称賛されることをしていることになりますね。

「その人(政権)が何を望んでその行為をしたか」で人物(政権)評価するというのは、未来の人の道楽に過ぎません。
その時代を生きていたら、そんな悠長なことでは間に合いません。
何故なら、今目の前で家族が殺されるのです。国民が全滅するのです。
為政者の言い訳など一切関係なく、民はその為政者が「今・何を為しているか」で判断しなければなりません。

曹操にしても、今の平和な日本では非常に人気が高く
「曹操に萌え萌えしちゃ~う♪ (萌え萌え:性的に激しく惹かれる、欲情する、という意味です)」
と言う男女が多いのです。
※マンガのイメージで、曹操を織田信長と同一視し美形だと思い込んでいるせいでしょう。史実の曹操は、自分で人前に出られないと思っていたほどの不細工だったというのに、ご存知なく「萌え萌え」しているとは憐れです

あのヒトラーでさえそうです。
今や遠い歴史上人物となったヒトラーに、「萌え萌えしちゃう」と言って憧れる若者は多くいます。
ですがその当時を生きていれば、「萌え萌えしちゃう」などとバカなことを言っていられません。冷静に、現在何を為している人なのか観察し、すぐに判断して選択しなければ間に合わないのです。

それが出来ない呑気な日本人は危険だと思います。
せっかく選挙で投票する権利を与えられていながら選ぶ目がない。(権利行使すらしない)
今のメディアは安倍さんをヒトラーに見立てることが多いのですが、実際そこまで頭のおかしい人でなくて良かったね、と私は思います。

まとめ

長文となってしまいました。
この件に興味のない方には失礼致しました。

メールをくださった方へ。
当ブログの偏りを修正する貴重なご意見だと思ったため、掲載させていただきました。



翌日来た反論と私の答え

メールにて返答したのですが、公開することで皆様のお役に立つかもしれませんのでここに転載しておきます。
囲みは反論引用:
「天意は晴れだったら祝福しているというほど単純ではない」と私が述べた件について、
天意は極めて単純明快に現れると、勝手に信じています。

そうですか?
何か具体的な根拠があって仰っているのでしょうか?
(そもそもこの方は霊能者でもなんでもなかったと思うのですが…。神社の件でも具体的な話がありませんね。私はあまりこういう具体性がない話が好きではありません)

演出は人為(人意)でしょう。

当ブログでは喩えとして「映画監督なら」と申し上げただけで、人が関わる演出とは申し上げていないのですが、ご認識いただけているでしょうか。
人為で今回の雨を演出することは、不可能でしたよ。

なお、地上の人間にアドバイスを送っている先輩の高次霊たちは比較的に分かりやすい「演出」をほどこすことがあります。たとえば蝶を使ってメッセージを送ること等も、地上に関わる高次霊ならではです。 究極の意味での「神」は、このような具体的な演出はしませんし、天気にも関わりません。 どちらに「天意」(高次霊による演出)がほどこされたかは、流行するかどうかの結果に明確に表れるものです。

法的安定性について、
磯崎発言をマスコミが伝えるところは、またまた発言の一部です。
報道しないことに依る世論誘導、あるいは印象操作の彼らの常套手段です。

申し訳ないのですが、私がここで触れているのは磯崎発言のことではありません。
一般人も含む膨大な数の「自称・軍事専門家」や「自称・軍事マニア」たちの発言に対して言っております。

(補足。「法的安定性」という言葉はあまり一般的ではないので、磯崎発言で話題となってから初めて知った方も大勢いたでしょう。それで、「法的安定性を口にする輩は磯崎発言を責めるマスコミに洗脳されているのだ!」、と思い込む人が多いかと思います。しかし法学を学んだ我々にとってその言葉はもとから最重要の用語であり、今回の安保関連の議論の当初から意識しています。ネットを検索すれば当初からこの用語が議論の中心となっていたことが分かるはずです)

国を守り、国民の生命と自由を守るという大前提を理解しようとせず、その時代に必要な形での変更を許さず、法律や解釈を金科玉条のごとく変えないことこそ、無責任な思考停止だと信じます。

「馬謖を斬る」の意味を全くご理解いただけなかったようで、残念です……。
法律がある限りは、金科玉条でなければなりません。特に国家は家族を殺してでも、守らなければなりません。それが国民を、あなた自身を守るための法律というものです。
しかし日本国憲法には「未来永劫この法律を変えてはならない」などと、どこにも書いていませんよ。
日本国憲法自体が変更する手続きを用意しています。
憲法を変えなければ危険だと言うなら、憲法改正の手続きを踏めば良かったのです。
(この前日の議論で「憲法を改正すればいいのに」とご本人が仰っているのに、改正が可能であることを忘れてしまわれたのでしょうか?)

法学部の大学一年生が読むような簡単な本でも読んでいただければ、この話の重大性を少しはご理解いただけるのではないでしょうか。

つくづく日本は平和だなと思います。
為政者から大虐殺をされる危険性がない(たまたま今までなかった)のですから、憲法を踏みにじられることの恐怖を全く感じないのでしょう。
甘やかされて育ち親に我がままを言える子供のようです。

※追加の解説: このメールをくださった方は11条以下~の話を無視しているので、「憲法は9条以外にもある」ということをやはり実感されていないように感じます。
この議論で11条~以下が目に留まらずスルーしてしまう人は、憲法をあまりよく知らないのではないでしょうか? もしかしたら一度も読んだことがないのに憲法云々と議論している人も多いかもしれません。
9条という一点にのみ囚われると全体が見えなくなります。何事においても、一点にのみ囚われる癖は危険です。
そもそも憲法解釈を歪め法律を踏みにじるような政府は、「国を守り、国民の生命と自由を守るという大前提」など守るはずがありません。あるいは安倍政権は軍事で国民を保護することを曲りなりにも考えているのかもしれないが、将来的に国民の権利を踏みにじろうとする者が表れた時、今回の解釈変更手続きが大失敗であったことに気付くはずです。
(私がこの記事に「馬謖は斬らねばならない」と痛いタイトルを付けたのは、私が今回の安倍政権の軍事政策だけを批判しているのではなく、将来も含めた憲法無効化の危険こそを考えていることを示したかったからです。安倍政権などはこれから訪れる重大な歴史のほんの前座に過ぎません。長期で見てください)

*以上、役に立つ議論と思ったので掲載しました。
今後は同じようなメールが来ても対応しませんので悪しからず。

この記事を読んでいる人はお気付きかと思いますが、上の話は全く噛み合っていませんね。笑
相手の方は私を「反戦デモに参加している反戦論者」と同一視し、宗旨替えさせようと説得されてきたように思います。ところが私は単純な反戦論者ではないために、話が噛み合わないのです。
何の記事を読んで私を「反戦デモ参加者」と誤解されたのか分かりませんが、全ての記事を読んでいただければそうではない(むしろデモには否定的)ことを知ることが出来たはずです。何故、ほんの一部しか読まずにすぐ思い込んでしまえるのだろう?
憲法9条だけにこだわってしまう思考と一緒かもしれません。
一部しか、一つの角度からしか見ないのは危険です。(これはどのような分野でも障害となる悪癖となります)

一つの記事の一部だけ読み、「○○論者! 敵!」と決めつけてコメントやメールを送って来る方は実際多くいます。
140字で相手の全てと思い込むのが常識となった昨今、検索でたまたま見かけた一文しか読まずに全てを決めつける癖がついてしまったのも仕方ないと思いますが。メールフォームに書いてある断り書きさえ読まないのだから困ります。

たまたま目についたムカつく相手に見当違いの議論を挑んだところで、無駄な労力です。相手によってはバカにして嗤うだけだと思います。
反論・異論は的確な相手を見定め、適切な場所で行うようにお願いします。

例、
「反戦デモは天意が得られなかった」という話 → 反戦デモ参加者へ言ってください
「出雲族云々」という話 → その主張を行っている団体へ突撃し、クレームつけてください(ただし危険な相手なのでそれなりの覚悟をもって突撃してください。当ブログは無関係です)

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